「イベントやってるみたいよ」
「バルーンアート?」
「お母さん!わたしワンちゃん作るー!」

賑やかな町中にて、歓声が起こる
中央には、風船使いのアザナのスタッフがバルーンアートを配っていた

――今日はクリスマスイブ
子供がサンタからのプレゼントを待ちわび、カップルが浮き足立つ、イエス・キリストの聖誕祭前日である

何てことはない。商店街が人寄せの為に設営した、無料のキッズイベント

「ひとつください!」

嬉しそうに駆け寄る少女に、スタッフがバルーンを手渡そうとする

と――唐突に、バルーンが目の前で弾けた

驚いて泣き出す少女に、狼狽するスタッフ
両親と少女に謝罪すると、急いで代わりのバルーンを手に取り、吹き込み口に指を突っ込んで膨らませる
こんなことはスタッフにとって珍しく、今日は能力の調子でも悪いのかと焦っていると

スタッフが、背後から銃で撃たれた

どよめく客――悲鳴。子供連れが多いため、皆焦って子供を抱くと逃げ出そうとする
倒れるスタッフは、顔を上げると、額に銃を突き付けられた


「アザナは――死んでしまえッ!!」


叫ぶのは、金髪の少年。片手には銀の銃
いまにも、引き金が引かれようと――

――ガンッ!!と、その銀の銃が駆け付けた何者かによって叩き落とされる


小柄な少女が己の獲物をもってしてその彼の暴挙を止めていた

「この人が今ここで殺される理由は――皆無!!!!」

獲物は30センチ程の大きめの筆。木で出来た筆にしては、普通に試みるだけでは簡単に折れないような堅い物

茶混じりの黒髪、蒼のシュシュを付け、絵の具で汚れている橙色のエプロンを着用している少女が、屈託無い怒りの表情で其方を睨み付けていた


そして彼も、ぎろりと睨み返す

「来たな、アザナッ!!――うぜぇ同族意識にまみれやがってッ!!」

己の迷彩柄のジャンパーから、投擲タイプの軍用ナイフを取り出す
それを彼女に向け、一閃するように振るった
少年の小柄なリーチや距離から、ただ服や肌が裂けるレベルである
恐らく、悪魔で距離を取るための牽制のようだ

「――気持ち悪いんだよッ!!殺してやるんだから、さっさと逝きやがれッ!!」
「はんっバーーカ!!同族意識なんて無いわよ!!」
とっさにムキになって返していた
ナイフが振るわれた瞬間ばっと身を引いたが、その軌道は彼女の髪を束ねる青いシュシュに擦り、ばっくりと切れて地面に落ちた

「―――あ――あああ!!!」
それに気付くと更に怒り、ぐっと筆を握る力を強める
「もーー許さない!!!!!!ボッコボコにしてやんの!!!!!!」
ぎゃーぎゃー怒りながら彼女が持っていた筆を相手に向けた




「―――ねえ、」
戦闘が始まった横で、銃で撃たれた風船使いのアザナに声を掛ける人物
「大丈夫ですか?今救急車を呼びましたからね」
黒いドレスに身を包んだ短い金髪の美少女。顔半分を隠す黒いヴェールが薄暗くその人物の整った顔立ちを覗かせている
殺意と能力が飛び交う中、臆する事なく其処に膝を落として被害者に手を差し伸べる



傷口から血液が溢れている
スタッフは失いかける意識の中で、彼等に伝える
「あ、……ありがとうございます……貴女方は……恩人です……」
それから、ふっ、と力が抜けた
失神したらしい――瞼を落として俯せている


黒ドレスの少女はスタッフを服の中から常備しているらしい包帯を取り出し、応急処置にかかる
それが落ち着くとスタッフの無事を祈るように目を伏せた後、杞憂するように少年と少女の戦闘に目を向けていた





「るせぇッ!!アザナの癖に色気付いてんじゃねーよッ!!」

過激に咆哮する。余程の執念を伺えるような――そんなものを

「第一よぉ!!――そういうのは、人間が使うもんだッ!!
アザナは人間じゃねぇッ!!家畜にもなれねぇ生き物が、しゃしゃりでてんじゃねぇええええッ!!」

己の首から下げていたネックレスを一瞬触り、ナイフを投擲の構えで振り上げる

「何なのお前?!?!何でそんな事言われなきゃなんないのよ!!!!どうせお洒落しなければしてないで文句言うんでしょそーゆーヤツはああああーーー!!!!!」
彼の言葉に完全に逆上し、筆をブンブン鳴らしながら振ってから駆け出していた

同時に、彼のナイフの一振りが彼女に向け――ではなく、彼女の足元に向けて突き刺さった

「―――!?」
――駆ける途中、身体がぶわっと重くなる感覚
握っていた筆も急激に重くなり、思わず地面に取り落とした


刺さった地点からある程度の周囲に『重力』が発生し――彼女に負荷がかかったのである

彼の言葉から察するに、彼は恐らく『アザナではない』
だが、この現象は明らかに、『アザナの能力によるもの』である



「――これ、」
ぐ、と膝が着きそうになるのを堪えながらキッと見据え
「お前、アザナは殺すとかアザナは人間の物使うなとか言いながらアザナの能力使ってんじゃん!!!!!矛盾してるけどどうなの!??!?」


「俺だって、こんな武器使うのは不本意だッ!!仕方無く使ってやってるんだろうがッ!!感謝しやがれッ!!」

どこまでも、アザナを見下すような発言を行う


「――てめぇ、調子乗ってんじゃねぇよッ!!」
「はああああもおおおーーー!!お前キライ!!!!チョーむかつくーーー!!!!!」
わぎゃーと喚きながら、膝を着いたまま恨めしげに睨む


彼女が思うように動けないことを確認すると、飛び道具を使う
もう一振り、用意していた投擲用ではない、大型ナイフを取り出す――こちらは重力を付与させていない
彼女に向かって駆け出す。自身は能力に対して耐性があるらしく、身軽に行動している


能力の影響を受けていない様子で向かって来た彼のナイフが、振り上げられ――


ドッ!!!!


――巨大な筆が、ラブラドールの腹を突いていた――ナイフが、彼女に届く前に


彼女は取り落としていた能力で筆を消し、彼女の手元から新たな筆を現し直し、それを如意棒のように大きくすることで攻撃したのである

「―――見下してるばかりじゃ、勝てないよ、キミ」

一撃、確かな手応えを感じた彼女は、重力に耐えながら、勝ち誇ったような色を含む笑み浮かべた




「ぐっ――」

は、と息を吐いて、そのまま後方へ
地面を何度か転がると、死にかけの呼吸で立ち上がった

「うるせぇ……うるせぇうるせぇ……アザナの癖に……アザナの癖に……ッ!!」

ぜひゅー、ぜひゅー
ナイフを握るのもやっとの力で、再び彼女へ駆け出そうと――


「お止めなさい――見苦しいですよ」


すると
彼の背後に現れたのは――黒髪に褐色肌の女性だった
異国の雰囲気を纏いながらも、顔立ちはアジア系統のものである

「ただ、辛い中よく頑張りました――その検討を称えましょう。『ラブラドール』」

「……シェパード様……」

少年――『ラブラドール』が雰囲気を改め、かしこまった様子で彼女を見る

「貴方も――アザナとして、出来る方の部類のようですね
それほどの手練れ、私も名乗らなくては失礼というものでしょう

『シェパード』と申します。反アザナ運動グループ『新約説』代表兼――戦闘部隊『GOD』の隊長です」

悠々と、穏やかに名乗る


「――っ?」
新しい影に息をのみながらも、その女性を見上げる
彼が襲って来ない様子だと気付くと直ぐに筆を小さく戻し、しかしいつでも構えられるように握りしめたまま聞く

「反アザナ…戦闘部隊ゴッド…?」

隊長と名乗る彼女をただ見上げ、美人、とぼんやり心中思った後、眉をしかめる
「何なの?罪の無いアザナをボコるのがお前達の仕事なの?」


「とんでも御座いません……私達は、罪の無い者を攻撃しませんわ」

慌てた様子で、彼女は伝える


「アザナは生きているだけで罪なのですから――攻撃されて当然でしょう?」


「……何言ってんの?」
はく、と息を吐いて少し狼狽える
そんな事、まさか本当に思ってるの?――と問い直す必要が無い事も分かった。驚くというよりも、余計、唖然として



――その言葉だけで、まともに会話出来る相手では無いことは伺えるだろう
再び優しく微笑む。柔らかではあるが、敵意は込められたそれで

「貴女にもいずれ粛清の火を――ご機嫌よう」

ゆっくりと背中を見せると、シェパードはヒールを鳴らして去ろうと
少年はそれに着いて行こうとして――振り向いた


「……お前らなんか、今日中に皆殺ししてやるよ」


それだけ伝えると、彼も走っていく
彼等が去るとナイフも能力が解除され、後には破壊だけが残った


「『GOD』ね……」
コツ、と歩み寄る仲間の靴の音
少年の一言にべっと舌を出して見せていた筆持ちの少女は、隣に立ったその黒ドレスの少女を見上げる

「反アザナ戦闘部隊だって……どう思う?"Million"」

不可解な重力は解けたが、へたりこんだようにそのまま座って居る少女は、問い掛ける
顎に軽く手を当てて、Millionと呼ばれた少女はうん…と少し唸る

「…学園爆破事件と言い、僕達じゃあ救い切れないくらいに最近は事件が勃発してるよね」
「……留哉さん、大丈夫かなあ……」

ぼんやり心配げにぽつりと呟いた少女を、Millionは神妙な表情で見下ろす

「…心配?"カイム"」
「あったりまえじゃん……幹部の皆には護衛2人ずつ付けたのに、自分一人は大丈夫だとか言ってどっか行っちゃうんだもん……ずっとずっと心配だよ……それなのにこんな……」

カイムと呼ばれた筆使いの少女は、若干下向きになり泣きそうに表情を歪めかける


「――留哉先輩が大丈夫だっつったら大丈夫なんだよ、」


―――そこにずけずけと後ろから現れた、小熊花男
2人が彼に気が付くと、わっと慌てたようにそちらを向く。カイムも涙を引っ込めて顔を上げた
「ちょっと花男先輩!隠れててって言ったでしょ?!!」
「馬ァ鹿、逆にいつまでも護衛二人から離れてる方が危ねェだろうがよ」
だいじょぶか、とカイムにぶっきらぼうに手を差し伸べる
それに対してムキになったようにカイムは「だいじょぶ!!!!」と若干怒りながら一人で立ち上がり、小熊は「あァ!??!?」と同じような声色で返していた

「……花男さん」

そんな問答の中、Millionが口を開く
何を言いたがっているのか分かっている彼は、ふん、と鼻息を吐いて
「……"たくさんの人を救うために俺達から動く"って仕事。なんか、宣誓する前よりやりにくいモンになってるよな、正直な」
ポケットに手を突っ込みながらぼんやり周りを見渡して
「ともかく――、ずらかんぞ。怪我人はちゃんと運んでもらったし、GODとか言う奴等の手がかりもこれ以上掴めそうに無いし、な」
彼の言葉に、少女二人は頷いた






彼女は、目的のためならば何をしてもいいと考える人間だった
例えばここにアリの巣があったとして、そのアリに被害を被っているとなれば、薬剤でアリの巣ごと殺す者は居る
彼女は、そういう方法を取る人間だった

例え、それがアリではなく、人間だったとしても

彼女は指を鳴らした

「……始めましょう、皆さん」

小型のトランシーバーには、全ての人員に合図が聞こえる

そして、各地で戦火が回った





カイム / Million、小熊花男 by jin.
シェパードラブラドール by kimi.
25. カイムvsラブラドール(20160108)
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