――人知れず、悲鳴が響いた
――人知れず、誰かが殺された その路地裏で、人殺しが行われた

「アァ~~~、久しぶりの外だァア」

返り血に濡れたその男は、足元の死体から空を見上げ、両腕を広げる
髪の毛は以前よりも短く斬られており、盗品のコート等は、再び何処かから盗んでこなければならなかった 彼は美弦萌百合
連続殺人鬼と呼ばれた男だ

「………ねえ、」

そこに――おそるおそる、ほそりと、息遣いに近い声が聞こえる
彼の後方から、まだ10にも満たない少年が、震えながら問い掛けた

「どうやって…切ったの……?」


ゆらり、とそちらを向いた
「何だァ……ガキィ、興味あんのか?」
けたけた、けたましく笑う
丁度彼は日課を終えたばかりだったので――
「普通のガキならションベンまみれで泣き叫んでる所だなァ、勇気あるぜェお前」
――その少年を殺す気は、ほぼ無かった
というよりもむしろ、『己に質問する』という度胸を買ったのか、やや上機嫌になった
「風だ、風で斬った。俺ァアザナだよ。美弦萌百合。知らねェか」
少年へと向き直り、名乗る

「かぜ…」
目を見開く

その瞳は、

「……風…風って、すげえな!!」

――きらきらと、輝いていた

「びつるもゆり?知らない!有名人なの?サインくれる?!」
――知らない、という
世に名を轟かせた連続殺人犯を知らないとは、いかに無教養な子供なのか
死体も、彼の事も怖がらずに好奇心を秘めた表情で近付いて来る


さしもの彼もこれには――驚いた
今まで生きていた中で、泣き出す人間か死んだ人間しか見てこなかった彼は、憧れるような振る舞いをされることに馴れていなかった
「……なんだよ、お前ェ――頭おかしいなァ中々、クヒャヒャ」
答えていくが、動揺は隠しきれない
「俺のこと知らないたァ、テレビ家にねェのか?今ニュースになってんだろォ、散々」
子供に歩み寄ると、しゃがみこんで、目線を合わせる
訝しげな顔つきだ

「テレビ?ないよ!スマホあれば充分だし…ニュースかあ、全っ然見ないから」
無邪気に答えながらさらに近付く
「サムシャのフーマみてえ……、アザナってそんなに格好良いヤツもあんだ」
ファンタジーゲームのキャラクターを想起しながら呟いたあと、彼にこびりついた血の匂いにぐえっと鼻をつまみながらも、目線が近くなった彼をじーっと見つめた


「アン、なぁ坊主――そんな格好良いもんじゃねぇんだよ。……わかんねぇのか、お前」
この年の子供が威勢からそのように言ったとも思えない
彼は、抗えない殺人衝動に、普通に人と生きられない自分は――

――そんな自分を誉められるなど、思っていなかったから

「……えー?格好良いじゃん!格好良く無いの?」
鼻をつまんだ声で むむ…と悩ましげな顔
「………わっかんない!とりあえずすっごい臭いだよ……お風呂入って来ないとね」
むむーーー




「……」
彼もようやく、少年の異常性に口をつぐみはじめた
自分も狂っている部類だと思ったが、理性はある。いちおうまともな倫理観は多少なりともある
だが、彼は、なんというか――
「……お前、親どうした。居るのか。……ゲームはやってるもんなァ?」
問いかける
この年頃となれば、教育はどうなのかという疑問に行き着く



「いるよお」
鼻を摘みながら普通に答えながらもそのまま死体の方に行って、うわあーと見ている
「居るけどさぁ、忙しいんだってさ……。スマホとかゲームは買ってくれるから暇ではないんだけど……だから大体LINEで話してる」
グロテスクであろう死体をなんてことない様子で眺めてから、また彼の方に戻って来て話題転換

「ねえね!!おれももゆりさんみたいに"風"でザックーって出来るようになれる?!」

それはそれは、楽しそうな顔で



「……」
吐き気がした
子供に中途半端にこういう育て方をするのかと
自分はこんなにも――こんなにも――始めから普通ではなかったことが、苦しかったのに
何故、普通に生きられるはずの子供が、こんな風に育たなければならないのだ
彼からその言葉を聞いた瞬間、男は先程の上機嫌を汚された気分になった
「――俺と来い、クソ坊主。ゲームでも何でも持って来ていい」
質問には答えなかった
「てめェを――てめェはいずれ、俺になる。俺は困る。俺はこの世界に一人で充分だ」
迷惑なんだよ、と吐き捨てると、
「てめェを更正させる」
それだけ言って、立ち上がる


「――?」
よく分からない様子で見上げていたが、はっ…!と何かに気付いた素振り
「俺と来い!!!!!!かっけえ!!!!!!俺は家を捨てて旅に出るってわけだ!!!!」
本当に、現実とゲームの区別がついていないというか――
「よく分かんないけど、行く行く!!もうゲームも全部やり尽くしちゃったし暇だったんだ」
へへへ
「わかった!!!どこで落ち合わせる?!!!」
一貫して楽しそうに



「……そこのケチャップバーガー」
ハンバーガーショップの名前を伝えると、そのまま路地裏の入り組んだ場所へ歩いていく



数十分後――やがて彼の下に、リュックサックに携帯ゲーム器と充電器を詰め込んだ少年が、結わえた髪を揺らしながら駆け寄って来る
適当に買い与えたポテトを貰い、わーい!と嬉しそうにかぶりつく少年と共に店を出る


そうして彼は、この少年を引き取ることにした
「お前、名前は」


ポテトをもぐもぐしながら、彼は年相応の笑顔を見せた
「志乃芽雷音(しのめ らいおん)!
雷の音で、らいおん!――かっけえだろ?!!」


ああ?なんだその名前、と人の事言えないのに

「じゃあ雷だな、動物よりはマシだろォ」

そう言って、笑った

二人を、月明かりが照らしていた




美弦萌百合 by kimi.
39. 美弦萌百合&志乃芽雷音(20160201)
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