――森の中、誓いの石碑の前に集う、"道"のメンバー
今回の騒動があって直ぐであるために、花屋はどこも開いていない――故に今日は、花男が生み出した一輪の花だけを石碑に添えて、一人一人黙祷を捧げた

暫くの沈黙の後、前方に立っていた留哉が振り向き、皆に笑いかける




彼の案内で辿り着いたのは、森の中のホテルだった ――しかも、割と高そうな
部屋数は少ないこじんまりした建物ではあるが、真新しく綺麗なホテルなのに客も係員の姿も見えないというのは――少々不気味さを感じる程だった

「……留哉サン、まさかだろうけど……ここが新しいアジトじゃないよね?」

野心が遠慮がちに問い掛けると、留哉は広間に辿り着いた時点で笑ってみせた

「そのまさかだ」
「マジッスか?!??!??!?!?!!!!?!?!!!?!」
小熊花男が真っ先にやかましくクソ驚いたが、驚かない者の人数を数えた方が早いくらいだった。当たり前だ、この前のアジトは古びたビルだったのだから――あまりにも違い過ぎる
それに、所有権を放棄した建物に居着くのと、こんなピカピカで生き生きしているホテルに住み着くのではまるで話が違うのだから
だがそれでも彼は「安心しろ」と言いたげな顔をしていた


「………まずは…"おかえり"。ここは前のアジトじゃねぇけど……今日から、ここが新しいアジトだから。俺はまた「おかえり」って言葉を使える」

嬉しそうに目を細めながら留哉は言う
その後、目を伏せて軽く頭を下げた

「――今回は、俺の案を受け入れてくれてありがとう。"たくさんの人達を救うために、俺達道自らがそれぞれ動く"っていう……仕事、かな。凄ぇ大変な仕事だったと思う
俺と幹部は指名手配されてるから、幹部には護衛は二人ずつついてもらってた。…まずは生きていてくれて良かった。本当に。幹部だけじゃなくて――護衛を承ってくれた皆も、一人個人で動いてくれた…"千里"も」

一人一人姿を確認し――最後に、切り揃えられた髪型の童顔の男を見やる

小鉄千里(こてつ せんり)――目が合うと彼は、ふるふると首を横に振って笑う

「構わないよ。愚生は単独行動の方が得意だからねーー皆生きてまた出会えて、本当に良かったよ」
留哉は彼の回答を聞くと、何度目かの安心感を得たような笑みを浮かべた

「…これからは今回みたいに街に駆り出し続けるなんてことはしない。アジトを探すまで随分苦労したが――やっと手に入った、待たせたな。皆で相談して自分の部屋を決めたら、あとは好きに使ってくれて良い。部屋数は少ないが、今のメンバーの数なら余裕で余るはずだ」

コンビニで刷って来たらしいホテルの案内図を取り出して、テーブルに置く

「……GOD事件のときは大変な思いをさせて悪かった。これからは、また"家"がある。仕事のことは……ここで休みながら、自分のペースで動いてくれたら幸いだ」

穏やかに真摯に話す態度だったが――そこまで言うと、雰囲気変わって楽しげに笑った


「――じゃ、部屋決めようぜ。くじ引きとじゃんけんどっちが良い?」





「千里」

――夜。銭湯から帰って来た、髪を下ろした野心が柔らかい笑みを浮かべ歩み寄って来る
千里はそれを認めると、同じように笑って返した

「小童子さん。あなたも無事で良かった」
「こっちの台詞……いくら一人の方が得意だからって言っても…、心配だったんだからな」

そっと手を伸ばし僅かに見上げる相手を撫でる。千里はふ、と少し恥ずかしそうに笑うと、目を伏せた

「……皆の足手まといにはなりたくないからね。愚生の能力は皆を巻き込む可能性がある……それだけは絶対に避けたかったから」
「…けど、実際……千里の情報提供とGOD狩りの精度は凄かったよ。あたし達も道中、近くに居ないのに千里に何度も助けられた。ありがとう」
「そう言ってもらえたら頑張った甲斐があったというものだね。…愚生こそ、ありが――?!!」


不意に、千里が誰かに抱き着かれた。振り向かずとも分かる――いきなりこんなことをするのは彼女しか居ない

「み、みおっ!!そういうことは控えなければいけないと言っただろう!!」
「……嫌……?」
「い、い、嫌では無いが控えて欲しいと言っただろうっ…!」
「……まだ…だめだった……?」
「お、お前なあっ…そういうことじゃ……っ!!」

わたわたと狼狽する千里、きょとんとするみおに、野心はくすりと笑った


「小童子さーん!」
すると今度は後ろから猫のルームウェアを着たMillionが抱き着く
一瞬びっくりするも、また友人に向ける笑みで微笑んで頭を撫で返した
「お疲れ、Million。パジャマも可愛いね」
「えへへへっ!!小童子さんだいすき!!!」
ぎゅむーと嬉しそうに正面から抱き着くMillionの背中をぽんぽん叩くと、あ、と顔を合わせられる
「…留哉さん、なんだか神妙な面持ちで屋上に向かってったよ。…追い掛けるならちゃんとあったかい格好してから行ってね?」
「………。ありがとう」


そうしてMillionにぽんぽん肩を叩かれた小童子は、手を振りながら見送る彼を背に歩き出す

その後、「紅緒はどうした?一緒じゃないのかい?」「探してた……千里も知らない…?」と会話するみおと千里を通り抜け、殺気を纏い笑いながら歩み寄って来たエクリチュールに「わー、こわーい」と笑いながら逃げ出すMillion

コートを羽織った小童子が屋上を目指す途中、通りすがる部屋の中でトランプゲームをしているらしいテレサと地下鉄の声が「「イエァ!!!!!!!」」と重なって聞こえた
「もう一度じゃあ!!!!」という紅緒の声と札の山をベッドに押し付ける音も聞こえた





星空を眺めている留哉
コンクリートに背を投げ出して星空を見ている彼を上から覗き込むと、ぼんやりした瞳で見上げられた

「……どうかした?留哉」

「…………や……、」

小童子も彼の隣に腰を下ろして星空を見上げた。クリスマス明けの夜も、とても肌寒い

「……蝶が……見えんだ」
「――蝶?」

留哉は顔を僅かにそちらに向け、彼女を見る

「………オレンジの蝶……お前のそばに、何羽も」

――ひらひらと、光のような蝶が彼女の周りを舞っている
――だが、それは、彼にしか見えない
つまりは、幻影が――見えていた


「………、………あたしの周りに居るの?蝶は」

さしもの彼女も心配げに、真剣な表情で唾を吞み込みながら聞く
また上を見て、今度は手を空へ伸ばしながら
「……俺の周りにも、来る……蒼くて黒い蝶が、何羽も」
そのまま人差し指を差し出す動作を見せる。彼が見ている「蝶」がその指に留まったかどうかは――彼女には分からない

「……いつから」
「…GOD事件の時、……お前の顔を久方ぶりに見れた時……お前に寄って来る蝶が見えたんだ。
それからは、他のメンバーの周りにも…それぞれの色の蝶が舞っているように見える。常時って訳じゃない、やっぱ幻影なんだろう――ふとした時に消えて、ふとした時に現れる」
「………」
「…けど、たかられてない奴も居た……雛菊とか、みおとか……紅緒もだな……」
「……?………偶然じゃないの?」
「偶然じゃねえ……。その日から幻影は頻繁に見るが、いつ見ても彼奴等の周りにはいねーんだ。なんか、法則性とか、あんのか、な……」

留哉はゆっくり息を吐きながら目を閉じた。幻影から目を休めるために

「……大丈夫…?」
「大丈夫。……ごめんな、どうしようも無ぇことなのに」
「それは分かんないよ。……治ると良いね、幻影」


眉を下げ、心配そうに見つめながら留哉の髪の毛を撫でてやると、彼はふ、と癒されたように笑みを零す


「……ありがとう、小童子…」
「……ちゃんと部屋帰って寝よう。まだここに居る?」
「…いや、行く。行くけど……もう少しだけ……一緒に居てもらっても良いか」
「………もちろん」



蝶が、彼等を囲って飛ぶ


彼が見えている蝶は、罪の重さの象徴なのか




"人殺し"の周りで――彼の瞳越しに、蝶が舞っていた




継舟留哉、野心小童子、小鉄千里 by jin.

40. 蝶(20160202)
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