――『俺』という人生は、両親が殺された瞬間に始まった
――アザナが強盗に入ったらしく、無能力者の両親は家に居た
――家に帰ると丁度殺されている最中で、開けたドアから悲鳴と血の臭いが聞こえた

『逃げなさい!!』

――その時の母の叫びが、今もまだ、鮮烈に残っている
――そうして、言葉通りその場から逃げ出した『俺』は、どうしようもないクソッタレってのは今も分かるんだ

*

「裁判長、判決は如何なさいましょう」
少年院に行く前の裁判だった
彼は睨みながら目の前の老爺を見ていた

*

「大人しくしていろ」
牢屋に入った
初めて入った牢は冷たくて寒くて、臭かった

*

全身殴打されながら、銃を浴びながら逃げ出した

*

「はァ、はァ……!!」
よろめきながら、少年――『GOD』の戦闘員であった彼は、金髪にぼろぼろの少年院服で逃げていた
「くそ、くそが、舐めやがって……」
住宅街まで来ると、街灯の下のゴミ捨て場の前で倒れた
「――、」
ずり、ずり、体を引き摺ると、生臭いゴミ袋の上に体を横たえる
「は、は、はは……」
もう全て――全てどうでもよかった
アザナも殺せず、計画も倒れた今、復讐するための道具も何も無い今、
最早、自分がアザナを憎むことすら許されないようだった
「俺の……俺の人生」
何だったんだろうな、一体
ふと、ポケットから、花を取り出す
あの時、眠っていた際に髪に刺さっていた花。恐らく、あの花のアザナが寄越してきたものだろう
棄てようにも、花に罪は無いと考えると、今日という日まで手元に残してしまった
枯れてしまった、ぐしゃぐしゃの花
「畜生、」
月明かりに照らすと――何だか、とても綺麗だった
「生まれてこなきゃ――」
それを片手に、彼は、泣きながら気絶した





目が覚めれば――、全身手当てを受け、布地が所々破れたソファに彼は横たわっていた

どこかの地下だろうか。薄暗い一室。古い蛍光灯に照らされ、歩けば埃が舞いそうなコンクリートの部屋


「……よ」

彼が目覚めると、誰かが声をかけた
そこには、小熊花男が一人

コンビニ弁当や菓子パンなどの食べ物を小さいテーブルいっぱいに並べられている、その向こう側に座っていた

「逃げ出したんだな、お前」




それを見た瞬間――彼は起きようとして
「ぐ、」
体中の怪我が痛み、起きる事すら叶わなかった
横たわりながら、彼は、怒るように彼に返答した
「……てめぇ……と……話す事は……何も無ェ……、」
彼は、以前ほど覇気が無くなったとはいえ――それ以外は何も変わらなかった


「助けろなんて――言ってねェ……!!」



ぐう
ぐうううううううぅ

「……」
転がって、顔向けずにふて寝した
かろうじて見える耳は真っ赤で震えていた



「………」

赤くなった彼の耳を視認すると、ふ、と声に出さないように少し笑った

「そこの食いもんは好きにして良い。賞味期限切れて食えねえってんで捨てるつもりのモンだからな。お前も食わねえなら今捨てて来るけどよ」

そう言うと、食べるところを見ないようにと、完全に背中を向ける訳では無いが横を向いてスマホをいじる



「……、」
それでも、それを聞いてから、暫くは食べようとはしなかった
だが小一時間ぐうぐうお腹を空かせていると、流石に少年の身には辛かったらしく
のそのそとゆっくり時間を掛けて起き上がる
「……」
痛みながらも、時間をかければなんとか行動は出来た
彼に殴りかかろうにも、こんな体では殴り返されるのが見えている
自暴自棄とはいえ、元気が無い状態では満足に思考も働かなかった
まだ動くべきではないのだと考え、大人しく食事を取ろうとする
パンをひとつ手に取ると、賞味期限の表示がふと目についた
――切れてはいない
「……」
自分へと気を使う彼を、余計に意識した

「……馬鹿じゃねぇ、の」

その小さなテロリストは、悪態を吐きながら敵からの施しを口にした
寝首を掻いてやると考えながら久し振りに食べたパンの味は、涙と鼻水まみれだが、美味しかった


馬鹿と言われても、答えなかった
暫く一人でスマホで時間を潰していたが、立ち上がって
「明日また来る」
それだけ行って、彼は出て行った




*




二日目、ますます悪態は元気になった
「てめぇ、何で俺を助けた」
ふと、力なく問いかけた

「哀れみか?……偽善者か。てめぇがしたのは、募金箱に一円入れるみてぇなもんだぞ……」



「…募金箱に一円入れるのとはどう考えても程遠いっつうの」

なんだか苦笑を零してしまっていた
そちらを向いて彼の顔を見る
顔色を見て昨日よりは元気そうだな、と心の中で思考した
「目の前に死にそうな奴が居たら素通り出来ねェよ。…それに、お前は逃げたくて逃げたんだろ。あのままじゃ逃げれねえだろ」
だから助けた、と


――逃げたくて逃げただろうと言われれば、それは事実なので口をつぐむ
「……それでも、敵を助けるってのは、馬鹿のやる事だろうが、……」
彼の心には――響かない
「俺はてめェに恩を売られた所で、アザナへの気持ちは変わらない、憎悪と殺意だけだ」
花男を威圧するように、彼は告げる
「てめェだって、動けるようになったら、殺してやるよ」
下衆な笑みを浮かべてから、ごろりとまた眠る


「……そうか、じゃあ馬鹿なんだろうな」

彼の態度にもぴくりとも眉を動かさず、言う
必要以上に返事はせず、少し考え込むように沈黙していた




*





三日目、部屋からうめき声が聞こえた



ドアを開けると、地面に頭を打ち付ける少年が居ただろう
「ああああああああああ!!!あ、あああ、あああ!!!!!」
明らかなストレスによる自傷行為――それは、見ようによっては土下座にも似ていた
何度も何度も何度も何度も何度も打ち付け、泣きながら、額から血を出しながら
「おかあさ、お゛かあさんっ!!!!!おあ、あああっ!!!!!」
花男にすら気付かない
狂った空間だった



「やっ…」
扉の向こうからうめき声が聞こえると、直ぐに扉を開けていた
「止めろ!!!!!!死んじまうぞッ!!!!!!!!!!!!!!!」
初めてラブラドールに向かって、いつもの彼らしい大声を浴びせる
駆け寄って彼を押さえつけて止めようとする



「ゆるして……お母さん……お母さん……」
押さえつけられると、段々と収まってきたらしい
泣きながら、血液で汚れながら
「……頼む……逝かせてくれ、……」
ようやく、花男に投げ掛ける言葉が現れた
「……俺は、もう……逃げたくない……
何からも……俺は……負け犬だ……最低だ……クズだ……」
最初に母を助けず逃げた
それまでも何度も色んなものから逃げて
ようやく逃げ無かった『GOD』という居場所は、各々の正義によって壊された
牢屋から逃げ出した先は、最も憎むべきこの世の果てになった

「俺は、俺が、苦しんで死ぬことから、逃げちゃだめだ……」


地獄からの笑顔を浮かべると、ふ、と意識を失った
瞳を閉じると、すうすうと、子供らしい寝息を立て始める
周囲は吐瀉物や、自分で剥いだ爪や、鼻水や血液で汚れていた
夢の中でも、何度も苦しんでるらしく、やがて泣きながら眠り始めた
――こんな日は、始めてじゃ無かった
――あの日、母親の悲鳴を聞いた日から、彼はずっと苦しみ続けていた



「………、」

眠った彼をソファに抱えて降ろす
そしていつかのように「花」を――何輪も出現させると、彼の近くに置いた
いつもよりは安らかに眠れるかもしれない、――もちろん、能力とは言えいわゆるただの安眠効果。効かないこともあるが

そうして彼を手当てをしてから、回りを掃除し始める

「逃げちゃだめ……か」
ぽつり、古くさい帚で掃いていた手を止める







――お母さん、
家の中から聞こえる声に、開けたドアの向こうから出て来て血塗れの母に、その背後に立つ男が母の後ろから現れた光景に、動けない少年と目が合った母に
ああ、いつもの夢だ
この後、お母さんが「逃げろ」と言って『俺』は弾かれたように駆け出すんだ
そこから、逃げるんだ
逃げて、一生の呪いに掛かるんだ
――お母さん!!
震えた声で叫ぶ
すると、母は初めて、その場で微笑んだ

――いいのよ、もう、いいの










彼が驚いて飛び起きると、花がぶつかった
はらはらと床に落ちていく花、綺麗になった床
そうして彼が目覚めた時、今日は、小熊花男がそこに居た
いつものように帰らずに、あれから椅子に座って眠っているようだった
「……、」
今なら殺せる、――殺す?

『アザナは忌むべき存在です』
『あの人』の言葉を思い出す
彼は自分の世界を変えたくて、どうすればいいのかと問いかけた
『なら、アザナを殺せば良いのでは?――貴方はアザナにご両親を殺されました。ご両親はきっと、アザナを一人殺す度に、貴方の罪を一つ許すでしょう』
彼女のその時の顔は、彼に『利用価値』を見出だそうとしている笑顔でしか無かった
だが彼は、――「ああ、そうかもしれない」と思った
彼女に賛同したのではない。自分の両親がそんな事で喜ぶとは幼児とは言え思わなかった
心優しかった二人がそれを許す訳がない。この女は馬鹿なんだろうと思った
ただ話には乗ってやろうとは思った。検討違いを殺し続けて、この苦しみを軽く出来るのなら、
アザナを全員殺せば、もしかしたら、許されるかもしれないと――
「何でだよ、」
そんな訳がない


「――殺しても、殺さなくても、俺は、苦しんで生きなきゃならねぇんじゃねえか」

ぼそりと呟くと、
彼は、何もせず、ただ泣き出すしか無かった




小熊は目を開かなかった
ずっと
彼が泣き止み、落ち着いて来て暫くしてから、小熊はゆっくり目を開いた

「………」


その後、食事を要らないと言った
「帰れ、寝る」
最初と同じレベルで力無い

彼の言葉を無視、というか気にしないように、ポケットから出したカロリーメイトを二本テーブルの上に置く

「俺はさぁ」

伏し目がちに、声を出す

「無能力者に虐められてたんだわ。俺の能力は「花」……攻撃手段も今はあるけど、当時はただ花咲かせるだけでな。馬鹿にされた。女だったら多分良かったのかもしんないけどな。馬鹿にされたくなくって、スゲー強がって威張って生きるようになった。
でもそうしたら逆にもっとヤベー奴らに目ェ付けられてな…調子乗ってんじゃねェよってな。…ただのいじめられっ子では無くなったけど、もっと酷いモンになった。思い出したく無い、死んで地獄に行った方がマシかもしんねえなってくらい痛かったしだるかった記憶あンだ。…別に同情引こうって話じゃねえんだけどよ」

「そんな俺を留哉先輩が助けてくれた。お前も見ただろ、道の演説。ああいう事を言ってくれたんだよ。死ぬよりも辛い状況に居た俺を、俺を虐める奴等ぶっ殺して、助けてくれたんだ」

「それから、俺の能力がただ花を咲かせるだけじゃないって教えてくれた。俺を鍛えてくれた。勿論また酷い目に遭ったら助けてくれるとも言ってくれたけれど、今度こそ虐められないように強くなれって、見守ってくれたんだ」



「お前に何があったのか詮索するつもりも無いし、留哉先輩が俺を助けてくれたみたいに、俺がお前を助ける、なんて事も出来るとは思ってねェけど」


「俺や俺等を殺そうとしないんだったら、俺はお前を拒絶しない。もうお前は俺の敵じゃないと思ってる。
敵になるなら話は別だけどよ――、だから」

「これから、お前が生きてく上で」

「………"苦しんで死ななきゃいけない"なんて…思えなくなればいいな、いつか」







彼は――それを聞いて、何も返答する事は無かった
小熊花男の人生
継舟留哉という男に救われた話
彼の人生には、光となる『男』が居た
そいつはテレビをジャックする人殺しで、だけど彼は確かに救われた
アザナ、それ自体悪ではない
アザナである彼もまた、アザナの能力に苦しんでいた


もし、
もし、アザナという力が無かったら



彼等は、普通の少年達だったのだろうか
ラブラドールは存命した家で両親と笑っていて
小熊花男は人殺しの集団には入らず、友達と学校に向かっているのだろうか
こんな風に、出会う事すら無かったのだろうか
普通の世界で、普通に生きて、普通に死んで
こんな風に、苦しみを背負って、それでも生きていかなければならない事を


『そんな逃避の妄想は、犬にでも食わせてしまえ』

「……舐めんじゃねぇよ馬鹿」
――不幸が人生を狂わせるのではない
――そこから立ち上がる力を試される事こそが、人生を立て直す要素である
「俺は馬鹿に同情される程、落ちぶれちゃいねェよ……」
とても感謝しているような声色ではなかった
だが、彼は――確かに、ようやく、
『もういいのだ』と考えているような、柔らかな表情を浮かべていた
確かに、小熊花男という男に、感謝していた
「好太(こうた)」
ぼそ、と呟いた
「好き、太郎。好太」
それだけ言うと、それきり黙った
眠ったとは思えない。後は会話しない
何を言ったというか――恐らく、彼の名前、らしかった




「好太」

ふ、と笑った

「いい名前だな」

水が入った大きめのペットボトル一本とカロリーメイト二本を置き去りにして、出て行く
また翌朝、コンビニ弁当を持って彼に会いに来るのだろう


「またな、好太」

彼は今日、初めて、気持ちを込めた別れ際の挨拶を彼に伝えた





好太(ラブラトール) by kimi.
小熊花男 by jin.

45. 小熊花男&ラブラドール(20160319)
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。