その日、サイバー犯罪科はクリスマス一色だった
室内はシャラシャラしたもので飾り付けられ、綺麗な星の飾りがいたるところにある
「座りたまえ、片桐君」
片桐奈々女は呼び出された末に、この目玉の親父に座るように促された
テーブルにはクリスマスケーキ、そしてマカロンが存在していた
「手元にりんごジュースしか無くて焦ったが、どうにかこうにか紅茶を仕入れたよ」
側のディスプレイには動画サイトが開かれており
シャンシャンシャンとクリスマスの音楽がエンドレスで流れていた
にこにこしている



「……」

「………????」

いつもの一貫した真面目な表情で入室した彼女は、部屋と彼の様子を眺め時間差で眉をしかめる

「……何事でしょうか………」

立ったまま、ただ、不可解そうにそれだけ言った




はっ、とさしもの目玉が慌てた様子で瞬きしていた
「い、いや。片桐君に『GOD』の件で世話になっただろう、それで親睦も兼ねて――」
そこではっ!!と気付くような表情で白目になる
「……もももしや君は仕事明けの飲み会は嫌いなとか……そういう者かね
安心してくれ、ちゃんと勤務中扱いにはする、な、何ならケーキだけ持ち帰っても……」
あたふたする
おじいちゃんは若い子の機嫌を伺っていた



「……飲み会でしたか」
納得したように呟く。怪訝そうな瞳がわずかに和らいだ気がする
「いえ、仕事ならお付き合い致します。…少し突然だったので、驚いてしまっただけです」
相変わらず真面目で



「し、仕事の話は無いよ、いちおうプライベートな場所だよ!?
あ、セクハラではないよ!!ないからね!?訴えないで!!」
何かのトラウマに引っ掛かったのか異様にへこへこする目玉である

「落ち着いてください……」
ひたすら真面目に、困ったような応対でいた

そうしてようやっと椅子を引いて腰掛ける
飲み会ならばまずは酒だろうか、と頂きますとワインを手に取って
「……ええっと。乾杯……?」
彼を見て、少しだけ、小首を傾げて困惑した表情を見せた
そのまま一人で乾杯する動作をする


「良かった!乾杯!」
嬉しそうににっこりする目玉だが、彼女の乾杯の様子にうんうんと納得したように頷いていた
「やっぱり若い子が居ると映えるねぇ、普段モニターとにらめっこだから、たまに誰かと話すのが好きなんだ」
うきうきと眺めている

独りで乾杯する事に微妙な違和感を感じつつも、グラスを口に付けるとワインを静かに煽った
意外に豪快な飲み方である
「……むしろ、私で良かったのですか?…私と話していても、楽しめるとは到底思えませんが」
一口で一杯飲みきってから目を合わせ、ひたすらにひたすらに付き合いづらいような真面目な言葉を



「いやいや、私はかねがね君とは話したいと思っていたから……」
と、そこできょとんとした様子に
「い、意外と飲むのだね」
もしかしてお酒が好きなのかい?と問いかけていた



「…南部来警視は私のことを過大評価し過ぎです。恐れ多いです」
目を合わせれば、少し頭を下げてみせた
「ええ、まあ、お酒は弱くは無いので……これ、全て頂いても?」
許可を貰うと躊躇無くまたグラスに入れ、次々に飲み進めて行く
「………南部来警視は……飲まれなくても大丈夫ですか?」

無論彼女であるからして、会話を楽しもうと言うものではなく、会話を広げておこうという処世術による問い掛け




「……ああ……」
びっくりした様子で、どんどん飲み進める彼女を見つめる
確かに飲みそうな女性ではあるが、よもやここまでとは
「わ、私は飲まなくていいんだ……食べる機能すら無いし、ねぇ」
ははは、と苦笑するように微笑む
「私はね、――君を評価しているんだ」
仕事の話になるけれどいいかい?と笑いかけて

彼の回答に返答を選んでいたが、彼から切り出された話題にグラスから口を離して頷く
「……はい、勿論」


「それは君の仕事だけではない、君の人柄も買っているんだよ」
にこり、と笑ってから、真面目な表情になる
「君はね、自分の正義を持っているんだよ。片桐君ほど仕事に情熱を持った人間なんて居ない。まあ君は、もう少し有給でも取るべきな気はするけれど」
そうして、彼は瞼を落とした

「君は、私が憧れたヒーローそのものだ。正義のヒーローだ」



「………」
時折グラスに口を当てながら黙って話を聞いて、頬が酔い色に染まって来た表情で見やる
「……私は」
彼を見る
「南部来警視に憧れられる程の人材ではありません。貴方の方が、いえ、貴方は私が見て来た人の中で最も凄い人だと思います。……体を捨てて、そのお歳まで、ずっと…人々のために生きて」
目を伏せ、ぼんやりと彼が乗っている机に視線を落とす
「私は正義のヒーローなんかでは有りません。ただ仕事に馬鹿正直に身を投じているだけ。犯罪に苛まれる国民を救うために警察として動くことはすれども、周囲の人間と良好な関係を築こうとする努力、被疑者被害者の心へ寄り添い理解しようとする努力は…人一倍消極的です。だから」
……明らかに、普段より饒舌。雰囲気が変わる程酔っている訳では無いが、酒が入って多少口が回るようになっているらしい



「……」
それを聞く彼は――にっこりと笑った
「――言葉を返すようだが、君は自分を過小評価し過ぎた」
彼は恐らく、肉体があったなら彼女の頭を撫でていただろう
それほどまでに、彼女の本音というものは、――『予想していた』ものの、やはり聞いてて反論したくなるもので
「コミュニケーションが無くとも、伝わるものはある。君は行動で示すタイプだ
君の事を冷たいと言う人間が居たとして、彼等は君の出した結果を見た瞬間黙るのだろうと考えるよ」
――だって、君は、誰かを助けたいという信念で動いているのだから
それを言葉にすると、微笑みかける
例えそれでも冷たいと言う人間がいたのなら、それこそ彼は声高に叫ぶだろう。「君達こそ、心無い人間なのだ」と
「君は誇りを持ちなさい。私は変わらない君の方が好きだ」
まるで父親のように伝えると、


「…………」

彼女は、彼の言葉に、ふ、と微笑んだ
人前で滅多に笑う事の無い彼女が、初めて彼に見せる笑みだった

「ありがとうございます」



用意された酒を全て飲み終わっても、彼女は理性を保っている
まあ、顔は赤いし、表情も言葉もいつもより多少豊かではあるが――その程度。「……だ、大丈夫かい?そろそろ」と心配して来た彼に危惧される程、酷く酔っていない

「お気遣いに感謝します。私は全然平気です。マカロンも、初めて食べましたが…美味しいですね」
酒と一緒にちまちま食べていた菓子類にも薄い笑みを向けている



にっこり、と嬉しそうにはしゃぐ目玉
「良かった、最近の若い女の子が食べるものが良く分からなくてね……」
職場でここまで緩んだ彼女もそうそう見ないだろう。いや、職場でなくとも
喜んでくれてありがたいよ、と微笑む




そうして彼女が帰った後、ぼんやりとモニターを眺めていた
「……」
そこに書かれているものは、大掛かりなプロジェクトである
己の死後の『引き継ぎ業務』及び『発令』
『発令』は、彼から彼女への、『クリスマスプレゼント』
「十数年後越しだが――喜んでくれると、嬉しいなぁ」
『死後、室長及び警視権限に付き、片桐奈々女の配属部署の選択自由、及び警視とする権利』――その発令である
それは彼女が遠慮しそうだな、と薄々思っていた
無論断れたらそれまでの権限であり、彼女自身のキャリアがあれば警視になど簡単になれるだろうとは思ったが――
彼は信じていた。彼女はいずれ上に立つべきであり――この警察組織を、変えるべき人間だと
「断れたら、その時はその時……さあ、私は最後の大仕事だ」

『引き継ぎ業務』
彼の手元には、数枚の資料





そこには、『アザナシステム』の文字が書かれていた





片桐奈々女 by jin.
南部来富岳 by kimi.
44. 南部来富岳&片桐奈々女(20160319)
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