――平原星螺は、悪夢を見た
公園だった。いつも姉と遊ぶ場所
その日だって、姉は星螺を公園に誘ってくれた
転校してから学校に行けなくなった星螺に対して、彼女はいつも気遣い、優しく接してくれた
星螺は、公園から近い自宅にトイレに向かった
姉はブランコそばのベンチに腰掛けて待つと言った
星螺が公園に戻ってきた際に、姉は首と胴体が別れた状態で、ベンチに座っていた

「お姉ちゃん……」
よろよろと、星螺は路地を歩いていた
「お姉ちゃん……、お姉ちゃん……」
悪夢を見た日のうわごとは、いつも同じ
こうして外を徘徊して気を紛らわすのも、同じだった


――人殺し!!!人殺し!!!!
頭を木霊する夢の中の声。遺族が、周りが攻め立てるのは――
「………。はぁ……」
ため息をもらし、夜、風に当たるちくわ丸。今日だけではない、何度も聞かされるそれに、彼は眉間の皺を刻みながら黒い空を仰いでいた
そのまま、ぼんやり近場を歩き続けて――見慣れた影、知り合いをみつけた。
「星、…」
こんな時間にこんな所で、と疑問を持ち名を呼ぼうとし――彼女の異変に気付く
「――星螺ちゃん?!!」
そのただではない雰囲気に慌てて駆け寄ると、膝をついて両肩を掴み、
「どうした、星螺ちゃんッ……!!!」

「……太郎……!」
ふと気付くと、見慣れた人物
狼狽した表情で心配そうに目を覗き込まれ、う、と涙を溢す
「う、うぁぁぁぁぁあっ!!!」
ぼろぼろ泣いて、抱き着いた
「よしよし、大丈夫だからね、大丈夫だから…」

何があったか、分からないが
そんなことよりも、今は彼女に少しでも元気になって欲しかった

泣きつく少女を黙って抱き締めて、優しく背中を叩き、頭を撫でる
普段の真面目さ、たまに見せるあどけなさを思い起こしながら――そのどちらの彼女でも無い、酷く苦しそうに泣いている彼女を、胸を痛めながら慰め続けた




――安心しきったことから泣いてしまった
自身の不甲斐なさを悔いながらも、彼女はいつもの自分を取り戻す
「……すまないな、取り乱して」
顔を上げると、涙を拭う
「……お前、どうして夜に歩いて……」
買い物か?とぽつり問いかける
顔はまだ元気が無い
「いや、……」
問われて少し考えるも、何も言わず、何事もないように笑ってごまかす
「それより、どうしたのさ… ……ボクに言いたくないなら、無理には聞かないけどさ…」
きっと、彼女の性格上、辛い思いをしても誰にも言えないのだろう。だからこそ、自分で良いのなら、話して欲しいと――そう思いながら、心配げに聞いてみる。優しく、彼女を撫で続けながら


「……、私は……」
言えるだろうか、と考えた
秘密を知っているのは幹部と祷だけだ
恐らく、話せば心配させてしまう
ただ、彼なら。太郎なら
――だからこそ彼女は子供なのだ。その優しさに、甘える事にして
「……、太郎、聞いてくれるか、……」
ぽつり、意を決して語りだした



「……、すまんな、いきなり、こんな話……」

彼女は姉が殺された日のこと、姉の死の犯人を探していることを伝えた
そして一字一句、間違い無く話を聞いた彼は少し、沈黙した
「………いいや。話してくれて、ありがとう。…辛かったね」
優しげに言葉をかけるも――
彼の様子が、一変している

話が核心に迫る度に、余裕が無さそうな、胸の痛みを押さえつけるような表情になっていった
彼女が話し終わると、また癖のように彼女に手を伸ばして撫で、笑みを作ってみるが、どこかぎこちない


「……、」
当の彼女は撫でられて、落ち着いたようにふにと微笑んでいる


――彼女の、恨み人を殺したい、という意志を知り、彼は、思考する
やがて――、目をそらして、絞り出すように、声を出した
「…………ボクは。君の力に、なれるかもしれない……」
未だ、声には迷いと躊躇いがある。それでも、伝えなければと、彼は続けた
「…その犯人に、会わせてあげられる――」


「……?」
その言葉に、疑問符を浮かべた
彼は――彼は、何を言っているのだろう
私の怨敵は、警察に何度捕まったとしても脱獄を繰り返す凶悪殺人鬼
彼の所在を知ることも出来ない、彼を捉える事も出来ない、そんな人物
「何を言って……私の敵は指名手配中だ。

――“美弦萌百合“、連続殺人鬼だぞ」


「………」
名を聞いて、更に目を見開く

そしてまた苦しそうに唇を噛み――その表情を見せないように立ち上がると、黙って彼女の手を取って、握る

「……着いて来れば、"会える"」

握る手は汗ばんでいるし、完全にいつもと雰囲気が違う。緊迫していて、どこか後ろ暗くて。いつものような優しさは見られず、歩いてどんどん人目のなさそうな道へ入り込んで、連れて行く
しかしまるで、君から手を離してくれと言わんばかりに、歩幅は彼女を気遣わず大きく、早い上に、何も言わず、そちらも向かずに、目的地のみを見据えて歩いていた


「?……太郎、」
不安げに、その歩幅に着いていく
それでも、太郎のことを信じていた。彼は自分を裏切らないと、――たとえ彼がどのような人間であっても、彼女だけは彼のことを信じ続ける

――太郎が何を考えてるか、分からないけれど
――きっと私は、太郎のことが大好きだから






「……―――」
結局辿り着いてしまった、"自分達"のアジト――古びたビルの前で、一度目を伏せて息を吐いた
「…逃げたくなったら、言うんだ」
――しかし、それだけだった。
手を繋いでから、一度も彼女を見れずに――そう言って、踏み入れた

灯りのついた、ある一室に、ちくわ丸以外の犯罪者幹部三人…野心小童子、テレサ・ハーパー、小熊花男と――継舟留哉が居た
机を囲み、麻雀でもしているらしい。やんやと楽しそうにしてた様子だったが、その中の一人のテレサが、古めの扉の開いた音にそちらを見、彼を認めては不思議そうに首を傾げて
「What's up? チクワ丸、今日はここに来ないって……」
言いながら、真っ暗な廊下に隠れて見えなかった、彼が連れて来た少女を見て、驚いて立ち上がり指を差した
「ルヤ!!She is "クサリ"ガール!!!ワタシが戦ったアザナデース!!!」
「な、…?!」
机上の駒を散らしながら、留哉もとっさに立ち上がる。臨戦体勢を取りかけた一同に、「待って!!!」とちくわ丸は声を張り上げた。

「この子は…確かに正だ。だけど、この子も苦しんでる――ボクは、"助けたくて、連れて来たんだ"」

"助けたくて、連れて来た"と――
告げる彼は苦しそうな様子だったが、その言葉に、一同は合点がいったように沈黙した。
"それ"は彼等――犯罪者組織――にとっての役割だからだ。

留哉は、全て分かったと言いたげに表情を和らげる。
ゆっくり、警戒心を煽らないように、平原星螺に近付いた。

「……大丈夫だ。俺達は苦しんでいる人を"護る"ために居る。たとえ其れが"正"だろうと誰だろうと、だ。
…俺達は、君の敵じゃない」
ふ、と表情を緩めながら歩み寄る。
膝を着いて、少女に視線を合わせれば、優しい顔を向けて。



辿り着いた場所で、見覚えのある女性がいた
フラッシュバックする記憶。腕から出現した龍、叩き付けられた背中――

――どういうことだ?
彼が、まさか彼女の仲間だとでもいうのか。彼は、彼は――

(……それでもいい)
太郎に関しては覚悟していた
先程からの尋常でない態度は、彼女でも、"恐らくそういうことなのだ"と勘づかせるものだったから
しかし、犯罪者がこちらに肩入れしたいと申し出ているのなら話は別になる
「……わ、私のことをどうするつもりだ」
問いかけの声は震えていた
びくびくと、彼に対し

怯えているような彼女をなだめるように笑みかけたあと、目を伏せる。開いた口からは出る真剣な声は、隣で立ちすくんでいる男に向かっての問い掛けだった
「…ここに連れて来た、ということは、"そういうこと"だよな?ちくわ丸」
「………」
…ちくわ丸は、視線を合わさない。後ろめたく下を向き居続ける男に、煮え切らないように小熊花男が声を荒げようとした瞬間――やっと、回答を絞り出した。

「……美弦くんは。きっと今日も、こんな時間にやってくるんだろう?」

―――美弦。
留哉や幹部勢達から、問題児のような認識をしている男。
――なるほど、この子が恨んでいる人間は――

「……なあ。」

留哉は目の前の少女を、再び、慈しむように見つめる。
「俺達は、"殺したいほど憎い人間"が居る人を…"その人間"によって苦しみ続ける人を、助けるために居るんだ。

君は、その人間に死よりも重い枷をはめられている…俺はそれを取り除いてあげたいんだ。その人間を"殺す"事で。」

真剣な顔で彼女の瞳の奥を見る。
その言葉に冗談も噓偽りも無い。留哉はそれが正しい事だと、信じて止まぬ眼。

「君がその人を殺めたら、他者から、社会から――そして、"正"から疎まれるだろう。

だが、俺達が守る。そんな周囲から、非難から――全てから君を護る。
――それが、俺達だ」

「代わりに俺達が手を下しても良い。
が、君がもし――自分の手で彼を殺めたいなら…そして、彼も君と戦いたいと、意見が一致した場合は。
…俺達は、"それ"を止めない事にしている――」


「……、……いや、そん、……な」
そんなの嘘だ、と意味もなく否定したい気分だった
彼は警察や組織"正"すら尻尾を掴めない殺人鬼だ
こんな場所で、徒党を組んでいたなんて、それ自体信じない

ましてや、自分がいまこの場で人殺しになるか、なんて――




ぎい、と扉が開く音がする。

「あァ?」


次いで、男の声がした
どくん、と鼓動が高鳴った
姉の凄惨な死体が頭に過ぎる
実は、犯人の姿、それ自体は彼女も見たことがなかった
名前だけ聞いていた怨敵は、いとも容易く彼女の前に表れた
      、 、 、 、 、
「なんだァ?誰だよ、それ」

何故だか、その言葉でぶちりと頭の血管が切れた
ドアを開けた美弦に、問答無用で鎖を出し、飛び掛かるだろう
彼も彼で、突然飛び掛かった彼女に対し、当たり前のように能力を発動した
ざん、と風圧を感じると、星螺は左腕が切り落とされていた

――美弦萌百合の能力は、「風」
鎌鼬のような風圧の鎌を操作する能力
それは知っていた
姉の殺しかたも、それだったのだと
だからこそ、ここで少女は怯まなかった

構わず、表情も変えず、確実に彼に暴力を振るえるように動いた
彼女は、何も言わなかった



(――………星螺ちゃん)


戦う彼女の姿を、被害を避けながら呆然と見ていた
壁が破れ、棚が壊れ、天井が落ちる。激しい戦闘に身を投じる彼女を、彼は沸き上がる震えを、胸を押さえながら認め続ける
彼女もアザナであり、復讐者なのだと――震えは、恐ろしさではなく、悲しさからのものだった

「…美弦を野放しにしてしまっていた俺達の責任だ。もっと早く、始末をつけておくべきだったんだろうな」

留哉は、そう言っていた。自分を支えるように隣に立ち闘いを見つめる彼は、何を考えているのだろうと、ちくわ丸は苦しげに目を細めていた






それから二時間、部屋がめちゃくちゃになることも構わず殺し合い、暴力と暴力の末に、美弦は鎖で捕縛され、寝転がされていた。ただ、まだ息はある。このまま殺すかどうかは、星螺の手に委ねられていた
見下ろしていた。

そして、爛々と目の輝く、幼い"次の殺人鬼(けもの)"が、じっと見下ろしていた。やがて、ゆっくりと、その場に落ちていた木片を拾い、彼に向けて刺し殺そうと――



「星螺ちゃんッ!!!」

彼女の後ろから、転げるように駆け寄り、その華奢な身体を乱暴に引き寄せる男が――ちくわ丸が、居た

「殺したら、駄目だッ!!殺しちゃ、いけないんだよッ!!!!」

子供のように喚き、泣きながら、大人の力で強く抱き締めて

「駄目だ、ダメだよっ…君には、なって欲しくない、お願いだ、ならないでくれ!!゛人殺し゛になんか、なっちゃいけない!!!
正しい道にいけとは、言わない、けど!!手を染めちゃ、いけないよぉっ!!!!!星螺ちゃんッ!!!」

情けなく、大粒の涙を流しながら――彼女を




"――自分は何故こんなことになっているのだろう?"
"ふと気付くと、誰かを殺そうとしている"
"左腕が無くなっている"
"血が足りない"
"目の前の誰かは憎い憎い殺人鬼で、私は、誰かを殺していいのかな――"
"殺したら、この人と同じになるんじゃないのかな"
“正の皆はどう思うのかな”
“――太郎はどう思うのかな?”

"ほんとはきっと、殺したくなかっ"
"ああ、えっと、

もう、いいや――"



――ぶわ、と涙を浮かべる

「た、ろう」

かしゃ、と木片を落とすと、彼にすがりついた

「太郎、ごめんなさい、私、だめなこと、しようとした、私、」

わんわんと泣き出すと、やがて出血からか倒れかける
鎖の能力は解かず、彼女は、殺すことを選ばなかった


――彼を、殺人鬼を生かす道を選んだ


「星螺ちゃ、ん、う、っ、」
泣き始めた彼女を、再び抱き締めて受け止め、支えていた


「――……、」
犯罪者組織一同は、皆何をかを考えるように険しい――あるいは、神妙な表情をしていた
留哉は、そっと星螺の頭に手を乗せて、緩く撫でた
「…この子が、この道を選んだんなら……それで良いだろ」
目を伏せて、決して不服そうな顔ではない留哉は、仲間達に、穏やかにそう告げた
「―――止血するぞ。テレサ、花男、手伝え」
一変、真剣な表情で仲間を呼び、腕を失った彼女の止血に取りかかる



止血をされ、痛みからか汗を流している
落ち着いてから瞼を開けると、以前見慣れた女性や初めて見る青年がいた
「わ、私はだいじょっ」
起き上がろうとして、うぐ、と呻いて、そのまま寝転ぶ
邪魔だと引っ剥がされたちくわ丸は、今度は、彼女が死んでしまわないかという不安による涙を流しながら――彼女を見ている

「……、太郎、」
困った顔をして、ふ、と微笑んだ
「……太郎……」
右手で彼の手を掴もうとして、伸ばす
その手を思わず一度掴み損ねるも、しっかりこちらから包み直し——心配げに支え、見つめ続けていた



彼女はその後、完全に手当てを終えてから再び目覚めた



「―――……良かった、星螺ちゃん。痛かった、だろう」


起きた際に、手を柔く握ったまま、そこに居て微笑みかけてくれた彼にゆるく微笑んだ
ありがとう、と。連れてきてくれて、私を止めてくれて
「……ありがとう、」

留哉の許可を得ると、殺人鬼を警察に引き渡すため出ていく
鎖で巻かれているが、忌々しげというよりも自分の処遇すらどうでもよさそうなその殺人鬼を、引っ張って連れていく。


留哉は目を細め、真面目な表情で、連れて行こうとする彼女の背に声をかける
「……星螺さん」
彼の頭の中に、ある一人の少女が思い出されていた。
「……、……いや…」
その少女との会話を思い出して、星螺に伝えようとするが――やはり、口をつぐむ。そして、もう一つの用件の方を口にする。
「……俺達を追うのか。君は、組織の仲間と」
"正"である彼女を、自分達の組織として引き入れる事は、未遂に終わった。
そしてそれは、自分達組織にとって――どれだけ危ういことか。自分達の在り方、アジト――それらを知った正の彼女を、彼等はこのまま野放しにするのか――。


「……、」
引き止められ、問いかけられたその言葉は、彼女にとっていま最大限に悩んでいることだった
それこそ、恩を仇で返すような真似事だ

「……そんなことはしない」
それだけ伝えると、彼女は、去っていく

告げられた彼女の返事に、留哉は返答を返さなかった。だが、引き止める事もしなかった――
黙って彼女を見送る彼の背中に、幹部達は各々の気持ちを訴えようと口を開いたが――その中の一人は、この事態に意識も向けず、留哉を横切って少女を追い掛けていた

「星螺ちゃん、!!」

腕が一本無くなった彼女、ましてや少女をを――心配しない訳がない。
彼女を出来る限り見送ろうと、駆け寄ったのはちくわ丸だった
彼女を支えながらビルの入り口まで降りれば、やっとぽつりと口を開いた

「……隠していて、ごめんね、星螺ちゃん」

後ろめたそうな表情で、最後に


「……私は気にしてはいない。お前が何者であろうと、太郎は優しい太郎のままだから」
来た彼に微笑みかけ、見上げる

「私は敵を討てた、それだけでいいんだ」
にこ、と微笑みかけた
「……そ、っか」
まだ泣きそうな顔になって、苦笑を浮かべては、いつものように――彼女を、撫でた

「……最後まで送りたいところだけど。ここで、お別れかな」

ボクが正の場所まで行く訳にはいかないから。
三度目になる、彼女の見送り。もう二度と、こんな風に会えないかもしれない。そんな、苦しそうな色を含んだ笑顔だったが。


「……、またいつか会えば良いじゃないか、……」
――まだ、そんな甘い考えを持っていた
彼女達は、いずれ戦わなければならない存在なのだと――

それでも彼は、
「……、そう、だね。そうだ、ね」
また、情けなく涙が浮かんで来る。未来を考えずに、今はただその言葉に、張りつめていた神経が緩んだ


「……じゃあ、またな、太郎」

握手を求めて来た少女の小さな手を握りしめては、笑って

「星螺ちゃん、またね……また、会おうね」


そうして彼女が背を向けて美弦萌百合と共に去って行く様子を、溢れる涙を拭かずに、ずっと見送っていた





平原星螺、美弦萌百合 by kimi.
ちくわ丸、継舟留哉、テレサ・ハーパー、小熊花男、野心小童子 by jin.

13. 平原星螺vs美弦萌百合 了(20150923)
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