ふうむ、と顎に手を当て、建物を見上げている男
レーム教会。一般人には広く悩みから救われると噂される場所
だが、正義組織"正"の長――祷は、不信感を抱き、教会への捜査を幹部に伝令した
この男は
「では行きましょう!!ええ、行くしかないです!!行かざるを得ませんね!!」
論佐理人である

「あの、」
と声をかけるシスター。しい、と唇の前に人差し指を当てて、
「お静かに。」
そう穏やかに忠告するシスターは、微笑んで赤い瞳を細める、エクリチュールだった


忠告を受けると、は!!と気付いて「ああいや失礼」、と小声になった
如何にもな風体の彼女に、一瞬目を細めてから
「ここの教会のシスターさんですかな?」
と、問いかける
「実は以前から気になっていて」、といかにも入るための口実も付け加えた

「そうでしたか!どうぞお入りください。お気の済むまでごゆっくりなさってくださいね」
微笑み浮かべて扉をゆっくり開き、先に入るよう示してくれる
よくある、小さめの教会。ちらほら、数人の人が座っている
「……、」
にこ、と会釈すると、相手が座りやすいように、先に席に着く


きょろりと辺りを見渡した後に、眼鏡を上げながら適当な席に座る
隣に座した彼女に対して、軽く疑念を抱き問いかけた
「……今から何か始まるのですかな。私は仏教なもんで、こういった事には疎いんですよ」

「………何も始まりませんわ、」
目を伏せて微笑みを浮かべて言う。
「皆さんの道は、皆さん次第ですもの。私達が示すことは、致しません。――皆さんがどこへ行きたいかを、共に考えるお手伝いをするだけです」
安心させるように穏やかな表情でそちらを向いて、
「この教会が皆さんの安らげる場所でありたい……それのみです」
流れる音色、荘厳な装飾
心を落ち着かせられる場所


成る程!!、と静かに叫んだ
「自分の道を、自分で示していく、そのためのお手伝いをするというのがこの教会のモットーなのですね!!素晴らしい!!真の助けは自主性を育む方法でのものとよく言います!!」
勢いはあるが小声で言っている
(ふうむ、見るからに怪しい点は……無いですね。何というか、ただの教会にも見えますが……)
ぼんやりと思考したのち、
(――いえ、やはり何か隠しているでしょうね)

無宗教の者まで聖書の一つも渡さずに受け入れるとは異端である、とも思える

「しかし、ここで救われている人間は数多くいらっしゃいます。その功績たる、方法のようなものを教えてくださらないのでしょうか」

それほど気の良い場所なのか、それとも——と。

「……方法、ですか……そんなものありませんよ」
少し寂しそうに笑んでる
「むしろ…聖書の読み上げや説教などは他の教会より少ないです。何もしていない、に近いかもかもしれません」
答え、優しい笑みを浮かべて
「……でも、悲しんでいる人、苦しい思いを抱えている人が居たら、そばにいて、話を聞いてあげたい……それが、私達にできることですから…
………貴方も、良ければいつでもいらしてください。何かあっても、なくても。」

首を傾げ、そう微笑みかけて


聞いてから、頷いた
「ありがとうございます。……私も仕事柄人間関係の悩みも多いですからね、お世話になるやもしれませんな」
ははは、と微笑んだ
「では、そろそろおいとまします。……ああそうだ、最後に、」
と、彼女に向き直って
「この教会の代表者は居りますか?私、是非会ってお話を伺いたかったのですが……もしいらっしゃらないのであれば、お名前だけでもお伺いしたいのですが」
彼女の聖母めいた笑みに対し、問いかけた

代表者――。その言葉を聞き、僅かに狼狽した表情を見せる。少し下を向き、言葉に迷い――
「……、いませんわ」
ぽつり、と震える声で伝える
「殺されました。"アザナ"に」


視線を外し、自分の愚かしいを見せないようにと言わんばかりに、出来る限り冷静に声にする
この場所で自分が感情を曝け出すことはしない、してはいけない、という雰囲気

少しだけ、沈黙。

「…それで…力が及ばないかもしれませんが、この教会の責任者は現在、私、ということになっています。……何かご用があったのですか?」

次に顔を上げ目を合わせる時は、普段のような笑顔をつくっていた。相手に不安感を与えないようにと、その気持ちが伝わって来る




殺されたと言った
――"アザナ"に

「……お悔やみ申し上げます。不謹慎でしたね……申し訳ございませんでした」

素直に謝罪すると、前の方へと向き直る

「実はですね、私はこの教会のような、誰かが救われる場所というのがーー正直、信じられませんでした」
ぽつりと、彼女の作られた笑顔を見ないとでも言うように
「今も、それは思っています。救う側の筈の人間すら救うということを忘れたこの世界など、希望も無いとーーしかし、」

「………」
彼の言葉を、黙って聞き入れる。同調するように頷き、相手が話しやすいように
その、癖のような優しさが、少しだけまばたいて止まった


「――いっそ、"あなた"のような人が、誰かを救うことが出来るのでしょうね」


小さく見上げる。赤い瞳は、酷く綺麗に彼を見つめた


「……失礼しました」
立ち上がると、そのまま立ち去ろうとする

気が取られるようなそれから、はっと他者へ向ける、笑んだ表情に変わる

「…お辛くなりましたらぜひ此処へ。お好きなだけ、お好きなように過ごしてください。――もし、誰かに聞いて欲しい気持ちがあれば、私でよければ、貴方が望むだけ、おそばに居ます」

微笑めば、退出しようとする彼を送り出そうと自分も立ち上がり
「貴方とお知り合いになれてよかったですわ。私はエクリチュールと申します。ご縁がありましたら、また」

「……重ね重ね、ありがとうございます」
ふ、とようやく落ち着いた様子で微笑みかけ、
「私は……そうですね、論佐理人と申します」
「論佐さん。……あなたに神のご加護があらんことを」
いつものように、穏やかな表情で微笑む

彼を入り口まで見送り、彼もまた彼女へ軽く会釈した後——互いに、離れた


「………。あの人。私と一緒……」

ぽつり、と呟いた言葉は、彼女以外には聞こえない






「――収穫はありませんでしたね」

離れたのち、一人呟いたそれは、ひどく事務的なものだった
彼女の献身的な様子も露知らず、とでも言うような
さりとて、先程の少しばかりの本心は、一体どのように説明するのか



エクリチュール by jin.
論佐理人 by kimi.
05. 論佐理人andエクリチュール 了(20150819)
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