松葉杖をついた少女が、夕暮れの公園に居た
砂利混じりの地面を見るように俯き、ベンチにも腰掛けずに佇んでいる
「……全治二週間か……」
あのときの戦いで軽く折れた足は、この先の彼女の行動を制限していた
「……私が弱いからだ……私が……」
ぼそぼそと俯き、項垂れている
「……お姉ちゃん……」
寂しそうに、ぐす、と涙を浮かべていた

「……お嬢ちゃん?」

「……!」
はっと顔をあげると、何でもないと言いたげに涙をぬぐう
人の気配に気付かずに泣いていたため、何とか取り繕った

泣いている彼女を見付けて寄って来たその人物は——ちくわ丸、本名勘解由絵小路太郎、だった
胴着を着ている
「どうしたの……?大丈夫かい?」

己の怪我を認めて屈んで目線を合わせ、心配そうに言う彼に
「目にゴミが入っただけだ、心配させてしまったならすまない」
きりっとした表情で返す彼女に対しても、「…強がらなくてもいいんだよ?」と一貫して安心させようと、少し首を傾けて笑みを浮かべる
少女はそんな彼が胴着を着ているのを視認すると、きょとんとした表情で問うた
「稽古中か、邪魔してしまったか」
「あぁ、気にしないで。今日の稽古は終わったから」
――彼は普段は剣道の先生をしている。それ以外は——。それを伝える事は、今は無いが


ここに居てはますます邪魔になるはずだいう思案から歩き出そうとした少女は、やはり急いだ事も有り転びそうになる
ちくわ丸はそんな彼女をわわ、と慌ててながらも優しく支えた


「……、ありがとう、……私は、大丈夫だ」
ぐっと唇を噛んで、なんとか自分で立とうとする彼女を痛ましそうに見る

「……酷い怪我だね……まさかアザナ、かい?」

――噂の犯罪者組織の被害者か、と。神妙な表情で
——己がその一員である事をも、言わぬまま


「アザナ被害、と言えば、まあそうだな……」
ばつが悪そうな顔で、彼には明かさず自分の失態を思い出した

「助けてくれてありがとう。組織"正"の、平原星螺という」

それから珍しく、自発的に身分と名前を名乗った
彼が優しくしてくれたお礼の意も込めて

正の組織――僅かにはっとしたように、全ての合点がいったように。彼女が誰にこんな仕打ちを受けたのかも理解し――その後、胸を痛めた表情で少し沈黙し

「……平原星螺ちゃん」

――ふ、と表情を緩めると、ぽふぽふ、と頭を撫で
「正の人だったのか。通りでどこか頼もしいわけだ」
「けど、今くらいは気も休めるといいよ。普段頑張っている分ね」
笑み、優しく撫でる


——その手に、じわっとまた涙が浮かびそうになる
「や、……やめてくれ!!私は……私は子供じゃない!組織の……」

久しぶりに誰かに優しくされた
ーー幹部の同僚達は彼女に優しくしてくれるが、"正"の人間として社会に入ってからは、周囲は厳しかった
親もいない彼女にとって、久しぶりの優しさというのは、込み上げる物があった
頭をふって抵抗しようとしたが、俯くと
「……、お前はどうして、見ず知らずの子供に……」
ぼそり、と問いかける

「見ず知らずだろうが子供だろうが関係ないよ。辛そうにしてる人がいたら元気になってもらいたいじゃないか」
偽りなさそうに、笑みながら


「そ、そんなの、嘘だ。気を使っているだけだ」
こういうところを口にする辺り、彼女はまだ子供であるが、
「……、」
じわ、と涙を浮かべると、止まらないと言った具合にぽろぽろと涙を溢した
「わたしは、わたしは、わからない、お前が、う、うぅっ」
最後には、俯いて泣きじゃくる
今まで溜めていたぶんが、蛇口から溢れたように泣いた

「はは、よしよし」
わからないといわれて困ったように笑いながらも、もう抵抗しない少女を軽く抱き締めるようにしながら撫で続けた

(――………ごめん、ね)


そのまま暫く慰めていた。そうして、彼女が落ち着いてきたのを見計らって、考えていたことを口にする

「……なあ、このあと時間はあるのかい?」


めそめそと泣いていた少女は、やがてすっきりしたらしく
「……?」
また視線を合わせて笑んで来る彼に赤くなった顔を見せながら、こくりと頷く

「そっか。近くにね、こじんまりした教会があるんだ。ボクは落ち着くから結構好きなんだけど、どうかな?…教会、きらい?」
お菓子とお茶も出るんだ、と笑みながら問いかける

もちろん、純粋な好意から、


「……、」
教会と聞き、そこまで世話になっていいのだろうかと考えたが、だいぶ思考が子供に戻っているらしく
「……、少し、行くだけなら」
と、答えた

安堵したように笑むと、彼女を気遣いながら立ち上がる

「よかったよ。むりはしないでね」



"レーム教会"――辿り着いたら、煌びやかだが、やはりどこか落ち着ける空間が彼女を迎え入れる。今の時間は誰も居ないらしい

「…どう?君に合うかい?」
都度、柔い笑みで気遣いながら


少女は、その美しい雰囲気に目を見張った
「……教会と言うのは、神様に祈る場所だろう。……やはり、ただ居るというのは……」
そわそわしている。落ち着かないというよりも、気後れしているのだろう
「お前は、いつもここに来るのか。キリスト教なのか?」
見上げて質問してる。純粋な瞳になってた

落ち着かない様子なので、とりあえず座りなよ、と好きな席に誘導させて
「大丈夫、何もしなくていいよ。までも、何かしたいのなら、神に祈るっていうより、自分に正直になってみるといいよ」
隣に座れば、彼もぼんやり前方を見ながら語りかける
「ボクも別にそういうんじゃないし、なんにも分からない。けどここはそれでも別にいいんだ。教会っていうより安息所なんだよ。ここのシスターの厚意でね」
見知った顔を思い浮かべながら、紡ぐ。

――決して、犯罪者組織の人間として、何かを企んでいる訳では無い。
…無いが。
やはり、ここに呼ぶべきではなかったかもしれない、なんて、今更。
そんな、僅かな後ろめたさは見せないように。



「……妙な場所もあったものだな。だが、教会の人間というのは、そういうものか……」
素直に感想漏らしすぎである
気を許しすぎて、失礼にすらなっているが、どこか落ち着いて来た様子だった
それから、自分に対して考えてみる余裕も生まれた
「……私は少し、自棄になっていたのかもしれないな」
顔をあげると、ふ、とようやく笑顔を見せる
「ありがとう。……今日だけで、だいぶすっきりした。お前の名前は?」


「………よかったよ、」

彼女が笑みを見せ、そして初見時よりも大分落ち着けているようで、彼も安堵。彼も、自然と笑みがこぼれる
「太郎だよ。苗字は勘解由小路だけど、長いから太郎でいい」
にこにことした笑みを携えながら、ぽんぽん撫で


「……太郎、太郎だな」
にこりと笑う彼女に、彼も心底安堵したように表情を和らげていた

「…帰るよね。送ろうか?」

「いや、私はこの辺りで別れる。色々事情もあるから、……」
と、視線をさ迷わせてから
「……また会ったときに、いずれ礼をしよう。太郎」
ぺこりと頭を下げると、しずしずと立ち上がり、松葉杖を着いて帰ってしまう
これ以上迷惑はかけられないと、つまずきながらも早々と出ていく

「えぇ?でも、」
おぼつかない足取りを見て、むりしちゃだめだよ!と追い掛けるが、扉を開けたときには彼女の姿はもう無かった
「……。星螺ちゃん」

一人になり、レーム教会の戸を背に、隠していた苦しそうな表情を見せる。片手で顔を覆うと、目を瞑って歯を食いしばった


「……ボクは、あの子と戦わなきゃいけないのか………」





その後、組織"正"の施設にて
「……、」
「おや平原さん。あの教会に行ったんですってね」
久しぶりにベッドに戻ってきた彼女に、何気無く話しかける論佐
「何かありましたかね。私が向かった際には何も……」
「……いや、何も無かった」
「……そうですか」
ベッドに嬉しそうに寝転ぶ星螺を見て、おかしな子だと首を傾げていたとか



ちくわ丸 by jin.
平原星螺 by kimi.
08. 平原星螺andちくわ丸 了(20150819)
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