ある一つの険しい山――その頂上に、其の祠は有るという。

試練を乗り越える事によって手に入れる事の出来る、珍しく、且つ強力な「龍」のアザナの力が眠る祠。
――テレサが持つ「龍」の能力の根源。

あまりにも強大な能力だが――、強大過ぎる能力は、えてして万能というわけではない
唯一の弱点としては、"その祠を壊す事"によって、"「龍」の能力は消滅する"と言われている

それを狙う三人のGOD――その登山者達が中腹まで到達した所で、二人の影が立っていた


「――面倒臭いから殺して良いですか?」
「いい加減その口癖をやめんか、地下鉄。お主は殺人快楽者のレッテルを貼られたいのか?」
「はぁ、こういう時はクソ真面目ですよね。ちゃんと分かってますよ、朝焼サン」

彼らが足場の悪い狭い道に居るタイミングを狙って、上の方から見下ろしている二人
朝焼と呼ばれ古風な喋り方をする蒼髪のハーフアップの女性の隣で、地下鉄と呼ばれた糸目の男が何かを構える
持っているのは――トランプだった

指で六枚のトランプを広げて見せた後、刃のように鋭いトランプをビュッと敵達に向けて投擲した






飛来したトランプを――六枚とも、切ってしまう。
その影は、大きな体躯の男が一人、セクシーな服装の女性が一人、――あとは、ふっくらした体型の男子高校生だった

「何だ何だァ?!必死こいて山登りしてたらいきなりのご挨拶だぜェ、ハニー!!」

「あたしらの事を舐めてるのかなんなのか……、そっちがその気なら、お相手してあげようじゃない、ダーリン」

大男はドレッドヘアに黒人のような褐色の、太い唇が特徴的な容姿だった
怪しく光る黒いサングラスは、なんというか、陽気である

ハニーと語りかけられた方は、これまた南米系とでも言わんばかりのファッションで、どぎつい桃色の髪に黄色の肌が映えた、化粧の濃い女性だった

「まあ、まあ……ブルドッグさん、パグさん。シェパード様に言われた通り、祠を壊したらすぐに帰りましょう」

男子高校生はちょっと疲れた様子で微笑んでいた――やや太っているが顔つきは整っている、愛らしい短髪の少年である

「うるせぇぜデブ!――チャウチャウ、黙ってな!そもそもお前の出番は無いんだからよ!」

男は高校生に向かって罵倒する。少年はすこししょんぼりした様子でまた笑った

男はブルドッグ
女はパグ
少年はチャウチャウ、のようだ



「やっぱりわんこでしたね。三匹だけですか?」
トランプが全て断ち切られるも、気にしないように薄く笑いながら
「そうじゃな、これくらいなら此の方とお主の二人でも片せるじゃろう。新手が来る前に片付けるぞ」
「"俺と貴方で"…?朝焼サンも戦ってくれるんですか?貴方、戦えないでしょう」
意外そうに、やや皮肉混じりのニュアンスを感じそうな声で返すと、朝焼は眉を下げた

「…だから、"犬の牙"を手に入れたじゃろうが」
「武器ってったって、あんなの殆ど戦力になりませんよ。コイツ等は俺が殺しますから、テレサさんに報告に行って下さい」

「だから殺すなと言っておろう!」と言った後、彼女は惜しげにしつつも、山を登り始めようとする

それを見送ることもなく、地下鉄はポケットからトランプの山札を一気に取り出すと、豪快にばらあっと上空に放り投げた
そして、大袈裟に手をかざし振り下ろす動作を見せ

「どーーーーーんッ!!!!!!!!」

学生のようなテンションで楽しげに笑いながら、放り投げたトランプ全てが、雨のように地面に真っ直ぐ直行していく




「ああ!?何だぁ、トランプ投げてたのはあの細っこい兄ちゃんかよ!!」

「ブルの方が男前ね」

ブルドッグは怪訝そうにサングラスをかけ直すと、装飾品の指輪をきらりと光らせ、腕を高く挙げた

「……雨あられにご注意ってか!?しゃらくせぇっ!!」

先陣を切るように駆け出すと、その腕をひゅ、と真っ直ぐに下ろした
すると、彼らの前方分のトランプは全て二つに別れるように切られていく


「俺の能力武器は『真』!無機物なら何でも真ん中切っちまうぜ!!」
「へえーー、複数も斬れるんですか!ははっ凄い凄い!!」
その様子を見ても尚楽しげに笑う


逆に言うと、人間などは切れないようだが――その後方から、やや傷だらけになりながらもパグが現れる

「おイタする子は、『毒』でも吸ってなさい!!」

すうっと息を吸い、ふーっと吐き出すと、彼女の口許から神経麻痺の毒が吹き出された。――赤く引かれた口紅が能力武器である

「……いてて、」

それを、後方でさびしそうに笑う少年。ブルドッグとパグは彼のことを護る気はないらしく、傷だらけである




「毒」と聞くと――、彼は、笑ったままだが楽しそうな雰囲気は引っ込み、不意に真面目な声色になり

「――馬鹿だなぁ、自分から『これは毒ですよ』なんて言わない方が有利でしょうに!!」

彼は――、不安定な上の道から飛び降りた
あろうことか、彼女に、毒も気にせず向かって突っ込んで、勢い良くぶつかり――、自分もろとも彼女を突き飛ばす


「きゃ、きゃあっ!!!!!」

彼女は巻き込まれ、地下鉄と共にごろごろと転がっていった


敵の毒の能力の範囲がどこまでのものか分からないが――、風に運ばれ範囲が広まる可能性もある
念には念を――、多少石橋を叩き過ぎだろうが、朝焼にも、"頂上に居る"テレサにも、この毒を吸わせる可能性を減らす為に




「パ、パグ!!くそっ!!汚ぇぞてめぇ!!」

怒りを露にするブルドッグだったが、急いでチャウチャウの首根っこをつかむと、そのまま頂上へ駆け上がろうとする

「てめぇが落ちりゃ良かったんだ!パグが落ちる必要無かったぜ……!!」

「……すみません」

チャウチャウはすこししょぼくれた様子で、そのまま着いていった




「…、い、って」

毒を吸っていた地下鉄は、片目を薄く開けるとゲホゲホ咳き込む

痛みに眉間に皺を寄せながら、気絶している彼女を見た
「……すいません。痛かったでしょう」
「殺す」と発言していたにしては優しげな台詞で、気絶している彼女の首筋に手を当てちゃんと生きていることを確認すると、安堵したように息を吐いていた





「――ッ!!?」

紅緒は、背中から襲いかかって来る気配に気付き振り返る
木の棒で殴られそうになったのを、辛うじて躱した

「地下鉄は為損じたのか…?!」

距離を取ってブルドッグに向き合い、構えの体勢を取る

(…出来る限り、此の方が二人とも止めなければ………)
しかしとても、自分が二人とも足止め出来るとは――、


「くそ!!大人しく殴られろっての!!」

かわしたのを見たのち、また殴りかかろうとする
すると、チャウチャウがブルドッグを後ろから羽交い締めにした

「止めてください!その子は女の子ですよ!」

「ああ!?皆殺しの命令が出てるじゃねぇか!!何言ってるんだ!!」


「――?!!」
仲間割れ、だろうか
その一瞬の隙を狙って、朝焼は何かを取り出しながら、急いでブルドッグの懐まで飛び込む
そして、

パンッ!!!!!!!!!
と、鉄砲の音が響いた


"紙鉄砲"。
ブルドックの顔面目の前でそれを勢い良く鳴らすと、彼はぱたりと倒れ気絶した
テレサ隊が此処に来る前の経緯で、手に入れていたGODの置き土産――つまりは彼女の言う「犬の牙」――らしい



倒れたブルドッグを見ると、すこし落ち込んだ面影でチャウチャウが彼を引っ張っていこうとする

「……お見事です。……僕らは、これにて、失礼致します」

失意というよりも、仕方がないといった様子だ。まるで最初から期待していなかったような

「どうせシェパード様が、貴方たちを皆殺しします。僕らは、ただの末端だ……」



「………そちは何を思っておるのじゃ?」

武器とは言え「眠」らせる能力を持つ使い切りの物――ただの紙切れと化した犬の牙を捨てながら、結果的に手を貸してくれた彼に問い掛ける

彼女は見ていた。彼がブルドッグとパグからのけ者のような扱いを受けている所も、しっかりと
それだけに、敵だと分かっていてもどこか歩み寄ってしまっている彼女

「GODは選りすぐりの戦闘部隊なのじゃろう?――そちも、その名を背負っているのなら此の方を倒す事も難く無いのではないか?」




「……僕は、卑怯者なんです」

振り返り、笑いかける

「アザナは憎いんです。でも僕は、人を殺すのは怖いです」

過激派の中にも居たのだろう、穏健派の存在

「派閥を変えようかと思いながら、ずるずるこうして、今日まで過ごして。本当はこの派閥、皆倒れてくれるなら、それで万々歳なんです」

だから、彼は敵対意識を持たずにここに来た。もともと見下されていた組織ゆえに、何の未練も無かった

「倒してくれてありがとうございます」


眉を下げ、心配するような表情で見やる
「倒したと言っても、『眠』っているだけじゃ。効力がどれくらいかは此の方も知らん。用心するのじゃぞ」
表情はそのままに

「………なにゆえアザナを嫌う?」

そう問い掛けると今度は、文字通り"歩み寄る"。足場の悪い山道をサンダルですりながら

「此の方は道が一人、朝焼紅緒(あさやけ べにお)じゃ。道の宣誓は知っておるじゃろう?此の方等は、そちを助けられるか?」


――そのために、今の"道"は在る
彼女は自分の役割を果たさなければならない





「……朝焼さん。僕は、朝焼さんみたいな人達に憧れてるんです。貴方達が眩しいんです」

ふ、と微笑みかける

「僕は、アザナが憎いんじゃない。……アザナじゃない僕が憎いんです。だから、八つ当たりみたいなものなんです」

アザナという才が無い、己を憎む
だからといって、自分を殺す事なども出来ないと――

「朝焼さん、僕には無いものを――貴方は持ってる」

彼女のその姿勢に笑いかける
本当はシェパードにも負けないで欲しいくらいだ。ただ、アザナが居ない世界というものに、すこしばかり憧れたのだ



「……ふ、」
不意に、自分を讃えてくれる少年を嘲るように笑う

「眩しい、か……では言い返そう。

此の方はアザナでない貴様らが羨ましいぞ」


言うと、笑みが引っ込んでいく

「アザナの能力なぞ欲しく無かった。此れのせいで此の方はどんな思いをして来たか、貴様に分かるか?」

子を叱る親のように、喧嘩した友人にぶつかるように、先程とは変わって眉を吊り上げながら怒る
「無論、此の方にもそちの苦しみは分からん。じゃがな、アザナの方がアザナの方がと羨むだけでは何も変わらん。仮にそちがアザナの力を得えられたとしても、何も変わらん」


「自惚れるな。」


距離を縮め顔を近づけ真っ直ぐ瞳を射るが如く見つめ、一貫した怒号を彼に向けた


顔を離すと、踵を返し、彼女は彼を置いて頂上へ向って行った




「……、」

呆然とそれを聞き、踵を返してブルドッグを引き摺っていく
肩を落とし、無言で帰って行く

「……」

もう一度振り返ったが、そのまま、彼は帰っていった


「………少し、言い過ぎたのう」

歩きながら彼女はぽつりと呟く
彼を諭すという感情も嘘ではない。しかし、自分のアザナとしての苦しみを分かってもらえなかった故の「八つ当たり」が大部分を占めているような、そんなものだったから






―――頂上では、テレサが祠に歩み寄っている最中だった

小さな祠の周りには結界があり――、その中に入り込もうとする者の体力を著しく奪う
だが、テレサは既に「龍」の所持者――その痛みを感じずに足を踏み入れる

――かつては体験した痛みを思い出し、少し震えながらも、祠の前まで辿り着き、見下ろす


「……この山がいくら険しいカラと言って、この結界がキョウレツだからと言って」

自分の両手の平を見る

「…ジブンの知らないトコロでいきなり消えられるカモしれないなんて……不安定すぎるワ」



――この「借り物」のような能力を、自分の物に出来ないだろうか

「………教えてチョウダイ……ワタシは、このチカラを自分のモノに出来ないの?」


じ、と見据える
自分の龍との意思疎通を図るように、目を閉じて神経を集中する


――しかし――この「龍」は、生き物と言うよりは、道具のような存在、彼女の手足
喋る事すら叶わないのに、意思疎通など出来るはずも無い――




目をゆっくり開けると、憂いを帯びた瞳がまた現れる


す、と祠の屋根に触れた



「……ワタシは、何も知らないままネ……"貴方"のコト……」





彼女が言う「貴方」、とは――「龍」ではない

祠越しに、誰を見ているのか―――



「……またルヤに助けられちゃったネ。"新約説はこの祠を狙うはずだから用心しろよ"ッテ」


ふっといつもの明るい表情に戻って踵を返し、結界から出る
自分の護衛達がここを狙って来たGODを倒したと知れば、彼女もまた再び街へと戻り、戦うだろう

道の名の下、"人々を救うために"



「……太郎、大丈夫カナ」


ぽつり。




ブルドッグ&パグチャウチャウ by kimi.
テレサ・ハーパー、地下鉄朝焼紅緒 by jin.

34. 示(20160126)
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