静まり返ったレーム教会。

道の宣誓があって以来、責任者であるエクリチュールは姿を消した。この教会は彼女一人で受け持ち管理していたようなもの。故に、自然と来訪者は減っていた。
だがそれでも、この場所に足を運ぶ者は未だ幾人か居る。エクリチュールの厚意を忘れることなく、この教会を拠り所とする者が。

そこに――、唐突に、奇声じみた女子の大声が聞こえた。


「ピンポンピンポンピンポ~~~~~ン!!!!!!!!!!」


ザンッ!!バキバキャバキャッ!ゴトン!!

教会の扉が突然バラバラに壊され、冷たい外気が入り込んで来る。
残骸を踏みしめ姿を現した少女は、鋭利な長爪を両手に装備し、いろいろな種類の衣服をはぎれを繋ぐ如く滅茶苦茶に組み合わせた衣装、猫耳――そしておかしな顔文字が描かれた布で目を隠している。

「シーースターーさん居ませんかあーーー??居ない??居ないのーーー!!?!??ねーーなんでなんでなんデズパトロイヤレレレれれれれれ!!!!!」

意味不明な事を喋りながら終始楽しげに笑っている彼女は、その容姿も相まって狂気じみていた。
「コマ」――彼女のGODでの名前。

ステンドグラスの前で、ただ一人祈るようにすがるように立っていた金髪の少年は――、彼女が、今現在街を騒がせている組織の者だと直ぐに理解し、目を見開いて怯え、逃げ出そうと足を踏みしめる。

「おっカワイイ!!!!!ぼくうううーー、シスターさん知らない??アタチこのままだとシェパード様に怒られるかもしれねーい!!ふひゃっ、噛んじゃった!!ねえ知ってる????ドゥーユスタンダードミー???あれっ何だっけ?!?!?!Oh Yeah English!!!!!!!」

破顔しながら両手を広げ、歩み寄って来る彼女に、少年は恐怖し震えながらも、
沸き上がる敵意から、ぐっと唾を吞み込んで、


「知ってたとしてもお前らなんかに教え―――」


勇気を振り絞って叫び上げた怒号、
は、
彼女が笑ったまま片手を大きく振りかぶった瞬間思わず途切れ、少年は死を覚悟して目を瞑った






後方から、ひゅ、と鎖が伸びる
それが敵のかぎ爪を絡めとり、彼女を転ばせるように引っ張る

「ほわァーーあぼしぶる!!!!!」
彼女がずべしゃあと転ぶのを、少年ははっとした顔で見る


「――お前は『GOD』の人員で間違いないな?」

闇の奥から、宙返りするかの如く高く飛びはね、少年の盾になるように着地したのは、緑髪の少女だった

「連行する」

鎖を義腕である左腕に巻き付け、彼女を睨み付けた


少年は、少女の背中をまばたきして見つめた

「GOD!!!!だよ!!!!!!!!!!!!!!アザナだーーーーっ!!!!!!!アハハハッ!!!シスターーーよりアザナの方がぶっ殺!!!!」
ぴょいん、と起き上がると

「ころす!!!!!!!!」

ターゲットを完全に少年から彼女に変えた様子。かぎ爪に巻き付く鎖をそのままに、その場で勢い良くぐるぐる回転し始めた




「お前は逃げろ!!」
「…っ!!」

少年に声を掛けたのち、彼女の回転による巻き取りに引っ張られる



少女の勇姿を尻目に走って逃げ出す少年――それに目もくれず、うひょーい!!と笑ってコマは、至近距離まで近付いて来た星螺に腹部を思いきり蹴りあげられ ぐえっと甲高くも鈍い声を上げる



「イ、  エーーーーーーーーーーーイ!!!!!!!!!!!」

ザクリ、と自分に巻き付けさせていた鎖を爪で斬り、その後直ぐ飛び込み操る鎖ごと彼女を狙い、ザクザクズタズタに両爪を振り回して斬り付け始める



「ぐ、うっ!!!!!」

爪が切っていくさまを見ながらも、必死に抵抗しようと鎖を投げる

「うぎゃぅ!!」
腕に分銅が当たるとうめき声を上げたが、にひっと笑みを戻すと、ぶつけられてない方の腕を振り上げ――
壁際まで追い詰めた彼女の頭を狙い、振り下ろす
――爪は帽子に突き刺さり、背後のステンドグラスごと爪を突き立てた。バリィン、と音を立ててガラスが砕ける

「あ、ざ、な」

未だ分銅に叩かれ痛みが響くはずの腕をゆっくり持ち上げる


「は、は……」

地べたに跪き、睨むように見上げながら、消耗される体力
血液でじっとりと服を汚す

「――がんばれ、がんばれっ!!!!」

そして再び、爪を振りかぶる



「……、はぁ、はぁ、」

くそ、と眉をしかめる

「……」

ぐ、と投擲する構えを見せ、隙を伺い――



ドッ。

「かは、っ―――」
不意に、コマが動きを止める

彼女の背中に、ガラスの刃が突き刺さっていた
血を吐き出しながら、背後へ振り返る

ガラスを投擲した構えを見せている桃色の髪の女性と
厚着とマフラー、モノクルを着用した三白眼の青年
――そして、「侍」姿のちくわ丸


「――あ、ざな、だぁあ~~」
ふらりと振り返り、ちくわ丸らの方へ向かう


「みおちゃん、雛菊くん」

笠に目が隠れている

「星螺ちゃんを頼む」
垣間見えた瞳は、彼らしからぬ恐ろしさを秘めた鋭さだった
まるで手を出すな、といっているようだった
ふらり、と彼も歩んでいく




ふらふらとした視界の中で見つける、彼の姿

「た、太郎……」

危ない、行くな
そう言いたげな様子で立ち上がろうとするが、力が出ない

「く、……」

「痛い、いったーい、」
コマの声は痛みから僅かに震えていた
背中のガラスを抜き取りガシャン!と床に投げ付けてから、ちくわ丸に言われた通り彼女の下に向かうため通りすがるみおに斬り掛かろうとし――、それを、ちくわ丸が割り込んで刀で防ぐ

その隙に星螺の前に立つ、ちくわ丸の護衛の二人
雛菊は彼女を支え、みおはガラス構え彼女を護るように立った


侍は、ギリギリと刀を構えながら
「……外道め」
ぼそり、
「ふざ、けんなよ……てめえ!!!!!!!」

怒りの勢いのままにコマを押し返し、容赦なく思い切り刀を振り下ろした
ダンッ!!と床に突き刺さる刀、躱したコマは、「うるっさーーーーーーーい!!!!」と楽しそうに叫び返しながら、彼に両爪を振りかぶり飛び込んだ


「………太郎さんあんな怒る事あるの?」

気遣いながらも、呆然とした様子で雛菊は星螺に問い掛ける。彼から話を聞いて、彼と仲が良い星螺なら、自分達の知らない面も知っているかと
みおも、口は開かないが眉を下げ、ちくわ丸の姿に多少狼狽しているようだった





「た、太郎が……あんなに怒ったのは……初めて見た……」

驚いた様子で見つめる。思わず素の表情で返す
だが、内心はらはらとした様子で見ていた。彼が敵を叩き切ってしまうのではないか、と
みおに寄り掛かるように、何とか立ち上がろうとする


「……下がってて」
みおは自分に寄りかかった彼女に気付き少し顔を向けながらも、高い、物静かそうな声で告げる
ガンガンッ!!と何度も爪と刀がぶつかる音がする
「巻き込まれちゃう………かも」
不安げに、ぽつりと不穏な事を


侍の能力は――侍の姿になり刀を装備するだけに有らず。身体能力の向上も能力に含まれている
それは日々の修行があってこその強さであり、彼は人にそれを見せる素振りはしていないが――鍛錬を怠った事は、一度も無い
だが激情に身を任せ戦うのは――彼は、初めてだった

「ぐぎゃん!!!!!」

腕が切り裂かれ、ぼとりとコマの服が落ちる
「痛い、いたいたい……おにいさん強いね!!あたし…」
明るい調子で話し続けていたコマだったが、激しい戦闘から息も上がり、笑みも消えていっている
ちくわ丸はというと、何も喋らず、ただ刀を握り締めコマに向かい続ける
コマもGOD――へこたれることなく彼に再び爪を振りかぶったが、
ガキンッ!!とちくわ丸の刀が、彼女の両爪を一薙ぎで一気に分断した

「…う、そ」

ちくわ丸もコマの攻撃を受け所々から血を流している
が、それを気にする素振りも無く
「まだ、やるかい」
一瞬呆然としていたが、それでも壊れた爪でさえもまた構えて来るコマに――間髪入れず、ちくわ丸は刀を振り付けた

ぱっくりと目隠しが割れ、浅い傷だが走る痛みに、コマは両手で顔を覆った
「いッ、あぁあふああああ!!あ、」
膝を着き、痛みにああ、あああとうめき声をあげる

「……星螺ちゃんも、」
ぎり、と歯を食いしばり

「同じ痛みを味わったんだよ!!!!!!!!!!!」

ざん、とまたコマに向かって一歩踏み出す
怒りに支配された表情で






それを見た瞬間、以前の自分の姿と彼の姿が重なった



「だめっ!!」


体の痛みも忘れ、制止を振り払うと彼に抱き着こうとする
このままでは、太郎がどこか遠くに――違う場所へ行ってしまう

「止めろ太郎!敵はもう戦えない!!――殺しちゃだめだ!!」

叫ぶ、必死に




「―――、」

目を見開く

「………、」
眉間に皺を寄せ、彼は静かに息を吐いて、確かに彼女を抱き締める

「…大丈夫。殺すつもりなんて無いよ……」
頭に血が上っていた、だけ、らしい。彼は、殺人狂者ではない、ようだ
安堵させようと星螺に、ふっと、やっといつものような笑みを向けた



「……サクリファイスサティスファクしょおおおおおおおおおん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

コマががばっと壊れた爪を突き刺そうと向かって来る――、
が、ちくわ丸はしっかり星螺を抱き締めながら――彼女にドッ、と峰打ちを喰らわせた

そこでやっと、コマが声にならない声をあげ、意識を失い倒れ――完全に大人しくなった


「…最初からこうしていればよかったのにな。…駄目だ、ボク」


ぽつり、痛ましそうな表情を一瞬していたが、すぐに、安堵させるために目下の彼女に笑みを向ける
「…大丈夫かい、星螺ちゃん…、手当てしないと」
ふ、と星螺を抱き締める力が抜け、離れる。触れていては痛いだろう、という考えだったが……"人殺し"である自分が彼女を抱き締める権利等無い――無意識にそう考えていたのかもしれない




「……、……良かった、」

ほ、と安堵する。抱き締める腕が離れた際に、血液が恐らく彼の衣服に付着してしまったことを気にしながら――そして、彼が傷ついたことを悔やみながら

「……すまない。太郎、怪我を治そう」

彼の手を引っ張ろうとする
彼女は病院にでも連れていく気持ちのようで――そうすることで彼等が捕まるという事実を思い出し、はっとする



「……治そう、って」
はたり、と止まる
そうしてするりと手を抜いた彼の表情を見上げれば、余裕の無い、寂しそうな表情

「…ありがとう。でもボクら、急がないと」
世話になってはいけない。正に
彼女を信用していないのではない。彼女の組織が敵である以上、念には念をと
"留哉"に

「今は一刻を争うだろう?…自分のことは自分で出来る。ボクよりそこの女の子を早く止血してあげてくれ」

ふ、とボロボロになった身体で再び笑う
心配げな護衛二人に目配せしてから、彼女に背を向けた





「……、私は、」

顔をあげ、ぽつりと伝えた

「私は、……私はお前が、道だろうが何だろうが、関係無い」

彼に対して告げるのは、大事な言葉
大切な、伝えなくてはならない言葉

「お前はお前なのに……太郎は、私の大切な人なのに」

悔しげに伝えてから、彼女も踵を返す
コマを鎖で巻き、そのまま引き摺っていく

例えるならば、上手く行かずにぐずる子供のような――そんな幼稚さも、どこかあった

「………ぁりがとう」
少しだけ振り向くと、弱々しい声で、笑って返した
ボクもだよ、とは言わずに耐えた。言った拍子に、抱き締めてしまいそうだから



ちくわ丸に着いて行こうとした雛菊が、少し悩んでから去って行く彼女に駆け寄る
「………星螺ちゃん」
眉を下げながら
「俺の能力、偵察に長けてるんだけどさ。星螺ちゃん」

「君が危ないって知ったら太郎さん、血相変えて助けに来たから」

「!」
優しげな声で、そう伝える
彼にとって彼女がどういう存在か――それを教えるくらいなら、罰は当たらないだろうと

「…それだけは伝えとくな?」

確かに告げると、踵を返し二人を追って行った




それを聞くと、照れ臭そうに、嬉しそうに彼女は微笑んだ

「……太郎、また会おう」

雛菊にも礼を言うと、そのまま去っていく
あとは、それだけ。それだけだが、彼女は確かに再会をよろこび、幸せを感じた




ちくわ丸、夜明みお雛菊コマ by jin.
平原星螺 by kimi.
35. 平原星螺vsコマ(20160130)
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