――御劔江苗が瞳を開けると、己がふわりと浮かんでいた
誰かに抱き抱えられていた。気付かぬ内に――恐る恐る見上げる
――黒い服が見える。白い髪に、白い肌が――

「呼ばれてはいないけど――」

――この場にそぐわない、ぼんやりとした口調で、彼は彼女に言った


「御劔さん、遅れた」


学園爆破事件の実行犯――縫手御傷は、確かにそう呟いた


彼女が寝転がっている後方から――ゆっくりとした靴音が響く
くすくす、くすくす
赤紫キミドリが聞き飽きた笑い声

「――なあに?また縛られてるの?
君そういう趣味あるなら、僕に言えば良いのに」

その黒は、女性のように微笑んでいた


「楽しそうだね、僕も混ぜてよ」


周布恋屋はそうして、また彼女の日常を掻き乱す



――落下したはずの無芸は、地面に激突せず、宙に浮いていた
否、ハンモックのように何本も入り込まれた「糸」に、支えられていた

「ご無事ですか、無芸さん」

両手を、指を宙で繰りながら、両者に近付いて来るワンピースの少女
タイヤの少年は、その新手の容姿に少しだけ頬を染めて、見やる

ふわりと佇む花のように――花伝院さゆらは、微笑んだ


「あひゃッ!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ――あひゃひゃッ!!!!!」


けたたましい笑い声が響いた
少年と土佐の間に、建物の屋上から飛び降りて来たそれは――土佐に蹴りを入れる
男が背を反らして攻撃を回避すると、彼女を見た

「……おい、何をぼーっとしている――芝南」

顔が振り返ると、それは、やはり笑っていた

「お前を探して正解だったぞ――毎度面白い事に巻き込まれてるからな!!あははははひひゃひゃっ!!!」

水瓶乙女は、暴風雨の如く現れた






「――お前、どうやって現れた」
ファンドランドは不思議そうに目を見開いて、抱えられている少女と少年を見る
が、聞くまでもなく理解していた。――この少年も、アザナだと

ややだるそうに構えていたピストルを降ろし、彼等の足下に向かってBB弾を撃った


彼の『隠』は、自身にのみ通ずる能力であり――体を触れられていたり、誰かと共に隠れる事は出来ない
彼女を抱き締めると、地面に飛び込み、転がるように爆発を回避する

その間に立ち上がると――『隠れた』

「――」

声も出さず、背後から現れた
その手に『氷のナイフ』を持ち――彼の背中を斬り付ける

「――ッうお?!!」
声を上げるが、とっさに切り裂かれた羽織っていただけのでかいパーカーを手に取って彼に被せ、そのままパーカー越しにピストルを突き付けて撃つ――
つもりだったが、直ぐに人の感触が消え、ひらりと地面に落ちて行く

また消えたのか――次の攻撃を危惧していると、――背後に気配を感じ、

「―――ッ!!」

今度こそとバッとそちらにピストルを向ける――


ガシャンッ!!

「―――!」

――銃口に、氷のナイフを突き立てられた

ナイフを逆手に持ち、逆さまに上半身のみ現れた黒い影に


能力武器とはいえ、本体はオモチャでしかない。正確にピストルを狙い、壊した彼に、ふ、と冷や汗を流しながら敬意を示した

「………お見事、」

ばっ、と彼は急いで踵を返す
武器が無くなった以上、二対一で戦うには不利だと彼は判断し、逃げ去った


「……」

ほぁ!という顔で見つめている間に、彼が敵を倒してしまった
上半身が消えると、次に現れた彼は地面を歩きながら、彼女へとしゃがみこむ

「……どうしたの?」

「……こ、こっちのせりふ!助けてくれたのはありがたいけど、
……何で助けたの?」

彼のぼうとした問いかけに、慌てて答える
彼女には分からなかった。彼が自分を助ける理由など分からない、ひとつあるとすれば――

「君に恩を返したくて」

――やはり、そういうことなのか、と
彼の保釈金を出した事に――感謝するために

「……じゃあ、僕はこれで」

「――はい!?」

あっさりと去ろうとする彼に、思わず起き上がって問いかける

「か、帰るの!?家に?」

「家は追い出された。寝泊まりしてる公園があるから」

「はぁ!?」

それを聞くなり、慌ててスマートフォンを取り出す彼女を、不思議そうに見ていた。お父さん!?私だけど!とやり取りしたのち、何やら黒服だの良い車だのが駆け付けて彼と彼女を乗せていってしまった
そのあと、彼が彼女に連れられた先は、皆さんのご想像通りである





自分が望んだ通り、知人が助けに来てくれた
―――が、想像していた人物ではなく、

「………周布」

彼女が"気に食わない奴"、と思っている、彼だった




「けひゃ……けひゃひゃひゃひゃッ!!!!!何ですかぁ……何なんですかぁ……彼氏さんですかぁ……!!!
わたくし男を縛る趣味は無いんですぅ……うひひ!!!!!
――彼女が犯される様子をっ!!!!!そこで見て――」

楽しげに――だが、邪魔された怒りをぶつけるかのような様子で、彼に縄を向ける
それは再び、一人でに動――

-

――彼はにこにこ、笑いながら鞭を現すと、それを振るって振り落とした
続いて喋らせる隙も与えないまま鞭を振るい続ける
さながら格闘ゲームでハメ続けるかの如く
にこにこ、笑っていた

-

「ごっ?!!!!ぐっ!!!?!!」

頭にたくさん疑問符を浮かべながら、「え?何でこいつこんな攻撃してくるの?盛り上がらないやんけ」って顔で攻撃を受けていた
最早地面を転がっている状態である

かつかつ、足音に気付いて見上げると、少年が陰りのある顔つきで彼を見下ろしていた

-

「……何してんの?」


影から覗く目付きが、怒りを通り越した様子だった
ぼそりと呟くと、顔を足で思いっきり踏みつけた後、彼女に向き直る

「ありんこちゃん、大丈夫?」

「…………」
呆然と、バセットがやられる様を見ていた

こちらを見た彼に、少し沈黙したあと、ふ、と頬を地面について脱力する
「…縄解いて。周りの人も助けよう」
疲れたように目を瞑る彼女の眉間に皺、は無い。赤紫は彼のおかげで、ひどく安堵していた


「……うん、そうだね!とりあえずありんこちゃんは最後にしてー」
「ちょっと」

適当に女の子を指差して順番を決めていく彼は、ちらりと彼女を見て、ふっと笑った

「……ま、可愛い女の子達に怪我が無くて良かったよ」

――敢えて彼女を向かずに言うその台詞は、なんとも……

まあ彼も、素直にならない普通の男の子なのだから





花伝院さゆら、彼女は――爆破事件の後、生徒会のメンバーの一員となっていた

御劔江苗の力になりたいから、――皆の役に立ちたいから
贖罪の意識も強いかもしれない。だがそれは本心から来るもので

だから彼女は、騒動を聞きつけては、家の者の反対も押し切って――街に飛び出して来たのである



「……、」

ほけ、と驚いた顔で見つめる

「……さゆらさん……ありがとうございます
ですが、貴方を傷付ける訳には――」

糸の中で畏まると、彼女の行動を制止する
普段生徒会で大人しい印象を受ける彼女に対し、怪我をさせてはいけないと
――彼女は知らない。花伝院さゆらの能力が、戦闘に最も適した武器であることを

「……そうだよ、おねえさん」
タイヤを持ち上げて、小さな指でくるくる回している、とんでもない光景を見せる
「僕に勝てると思ってんの?」
――どうやら、コーギーの好みの女性像なのか――先程より、僅かに格好付けているように見える
そのままタイヤを空中で掴み直して、花伝院に突っ込む

花伝院は何も応えず、無芸に穏やかな微笑みを向けると――、両手を緩やかに、しかし一気に広げた



次の瞬間、少年が無数の糸に絡めとられて、タイヤを上に構えたまま動けなくなる
「な、に"っ!?!!」
状況理解に思考を巡らせる間も無く、混乱したまま、軽く感じているタイヤが、更に軽くなったのを感じ、上を見上げると、


タイヤが絡めとられた糸に切り刻まれ、バラバラになってボトボトボトンッ!!と重い音を立てて地面に落ちていった


「―――――う……そ」
途端、少年は自分もバラバラになると背筋をゾッとさせ、ぼろぼろ涙をこぼし始めた

「や――やだあっ!!ごめんなさい、ごめ゛ん゛な゛ざい゛い゛い゛いいいっっ!!!!!!」


彼が戦意喪失し泣きじゃくっている間に、花伝院はそっと無芸を地面に降ろす



「……、」

呆然と見つめる無芸梨理恵

「貴女……相当に強いのですね」

舐めている訳ではないが――彼女のイメージが覆された事に、呆然とする

「……そんなこと無いですわ」
くす、とそんな謙遜を
「わたくしはただのタイヤを切っただけですもの」
ただのタイヤと言えど、能力が付加されていない物だとしても、とてつもない凶器である事を知らないはずは無いのに


「…もう人をいじめたりしませんか?」

コーギーの目の前まで来て少し屈んで目を合わせて、聞く
泣きじゃくっていた少年は、うぐうぐと泣き声を漏らしながら頷いた
糸を全て消すと、少年は倒れ込みそうになりながら解放された
涙目で見上げると、花伝院はぽふ、と少年の頭に手を置く

「でも」

優しい動作と声色だったが、

「次、同じことをしたら…バラバラになっちゃうかもしれませんわよ?」

勿論、幼児をいさめる程度の怒気だったが、ついさっきまでバラバラになる一歩手前まで来ていた少年は、恐ろしさにまた涙をぶわっと浮かべ、はい゛、ひゃい゛ぃ…とぼろぼろ泣きながら崩れ落ちていた


「……無芸さんは、この後どうするのですか」
崩れ落ちわーんと泣いている少年に困ったように苦笑いを浮かべながら、彼女の方を向き問う
事件が起きている今、貴方はどうするのかと


「……、」

今度は自分も彼女を怒らせないようにしようと梨理恵も決めた
やや怯えた表情だったが、すぐにいつもの仏頂面に戻ると

「……彼女とコンタクトを取ります。電話しても繋がらなかったとしたら、直接あの人の屋敷に行きます」

彼女――というと
無芸梨理恵の心酔する、生徒会長の少女だろう

「……さゆらさん、貴女もお力添えしてくださいませんか――」

恐る恐る、問いかける

相手の言葉に神妙な表情になると、心配げに呟きかける
「…御劔さん、大丈夫でしょうか」
二人とも、その生徒会長に魅入られた少女。

「もちろんですわ。…」
手を差し伸べ、握手を求める
「新参者、且つ至らないわたくしですが、一緒に戦わせて下さい」
携えているのは微笑み。謙遜していながらも、断られても揺るぎはしないだろう、確立している「誰かの力になりたい」という決意



彼女の握手に応じると――ふ、と安心したように微笑む

「ありがとうございます」

彼女を護る志の仲間を、彼女は心から、歓迎した





「……な………、」
巻き起こった嵐に、呆然と口を開く
――その後、彼女の笑顔を認めれば、芝南はふ、ふ、と笑いが零れた

「………ツイてるぜ」

彼女への返事のようにぽつりと呟くと、彼女が来たことにより得た異常なくらいの安心感から、無防備に尻餅を付いた
もはや傍観の、体制



「……」

土佐は、少年が気を抜き始めた事に眉を寄せた
よもや彼女に特別な能力があるのだろうと――警戒しつつ刀を構える

「……何だ、小娘。お前もアザナか……」



「――く、くく!!あひゃーひゃひゃひゃひゃっ!!あひゃっ!!」

笑いが止まらないという様子で、狂ったように笑い続ける彼女
楽しげにゆらゆらと動きつつ、芝南に語りかける

「何を観戦してる!!そんなに見たけりゃポップコーンでも買ってこいッ!!!」

けたけた、笑う――
なおかつ、敵の問いかけには答えない
彼女にとって興味対象は取捨選択である

「別に良いけどよ、買いに行ってる間に終わっちまうんじゃねえのか」
ふ、と完全に脱力しきった体勢で笑いながら話しかける
芝南は、水瓶乙女が土佐よりも強い、と思っている訳では無い
だが、水瓶乙女が簡単にやられるはずがないと、思考すらしていないが確信していた


「――でもよ、何で俺を探してたんだ。俺に用でもあったのか?」



その問いかけに、水瓶は笑う

「何だそれは、愚問甚だしいぞ芝南!!
あたしはお前の頭の良いところを気に入ってる!!
お前なら、あたしを使って、あたしを楽しませてくれる!!」

彼女は飽き飽きしていたのだ。ただ暴れるだけの、あまりにも単調な日々に

例えるならば、彼女は一振りの剣だ。それ自体が人を傷付ける事に長けていたとしても、誰かに使われてこそ価値がある
だとしても、武器自身は――上手く扱える人間に、己を大事に扱う人間にこそ巡り会いたいと思うだろう

両腕を広げて、楽しそうに笑った


「あたしを使え、芝南稔!!
お前にはその価値がある!!!」


は、と一種困ったように笑う。が、嬉しそうでもあった

「……買いかぶり過ぎだ」



その会話を聞いている土佐は――舐められていると、怒りを覚えた
しかし彼も馬鹿ではない。彼女がどれほどの手練れか、試す事にした
刀を振り上げる。目の前の彼女を、切り刻んで泣かせようと


緩やかに座したまま、芝南すらも敵の存在を一瞬忘れ、彼女だけに見入った



「まぁ、でも……使わせてもらうよ。水瓶乙女」




土佐による刀の攻撃を体で受ける
切り傷が生まれ、鮮血があふれでた際に――彼女は笑った

「――はは、ひゃはは」

笑いかける


「――あひゃ!!あひゃひゃひゃはははははははひゃひゃひゃあひゃひゃ!!あひゃひゃはひゃはひゃひゃひゃひゃひゃひひはひゃひゃひゃ!!!!!!!!!!」


ただ、笑って
彼女は、血液の槍を操作すると、彼を半殺しにした



傷だらけで倒れている土佐を蹴りあげると、自分のスマホを放り投げる

「ほれ、それでびょーいんにでも連れてけ」



「―――……」

「――――何やってんだお前!!!!!!」

前言撤回しかねない勢いで立ち上がる
彼女のスマホを借りて救急車を呼ぼうとするが、例の如く繋がりすらしない

「は、運ぶぞ、このオッサン死んだらお前人殺しになっちまうよ」

男と彼女をいっぺんに心配し狼狽しながら土佐を担ぎ、病院へ連れて行こうとする


「……なぁ、お前も、大丈夫なの」
ふと、傷だらけになり、血を流す事で能力を発動する彼女を――心配した
以前から気にしていることだった



「何、あたしはお前よりは丈夫だ」

心配されたとしても、鼻を鳴らしてそっぽを向く

「それよりも、お前の方が傷は多いだろう。貸せ、あたしが運ぶ」

おい、と少し困ったように零す彼から無理矢理土佐を引き剥がすと、土佐をおんぶして運ぼうとする
無論体の痛みはあるが、彼を考慮し運ぶ意思を見せる

「……、ま、心配してくれた礼は言っておこうか?」

ふ、とからかうように笑いかけると、のそのそと運び始めた



「……、」
少し、言葉を失った

なんというか、彼女にそんな風に言われた事が……物珍しいというか

「……いや、でも、やっぱ俺が運ぶって、お前も斬られただろうがよ!!」

痛む体だが引き下がる訳にはいかないと、彼女を追い掛けていった





御劔江苗、縫手御傷、周布恋屋、無芸梨理恵、水瓶乙女、バセット、土佐 by kimi.
赤紫キミドリ、花伝院さゆら、芝南稔、ファンドランド、コーギー by jin.

33.絆 了(20160125)
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