息を切らし走っている影は、相原あまもだった
広間の噴水を横切って危地から逃げようと――

「―――驚いた、」

――その彼女の前に、帽子と軍服を着用した、オールバックを小綺麗に固めた男が現れる

「未だこの辺りをうろついている者が居たのですか」

上半身はしっかりした身なりなのに、彼の両手だけは――血だらけ、だった
「――、ぁ、……ッ」
怯え、言葉を失い後ずさる彼女に、男はじりじりと歩み寄る
目を離した瞬間に食い殺されそうな、そんな殺意が男にはあった




「待て、」


怒りに震えた声で、それは現れた
白いライダースジャケットを着た人物は、いつもの騒々しさがやや落ち着いている
「ほ、た」

る、び、さん――


「お前は絶対、絶対絶対絶対許さねぇ、――その人に手を出すんじゃねぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


叫ぶ

蛍火ほたるは灼熱の球体を具現化すると、彼に向けて数個ほど投げた


犬は袖の中から流れるように、ナイフを、同じ数だけ彼の能力にぶつける

「――そちらこそ手を出さないで下さいませんか?食後のデザートを邪魔されるときが最も不愉快なのですが」

怒るほど笑う人物らしい。貼り付けた笑みを浮かべ彼を睨む



「――何が、何が食後のデザートだ!!!!!!!!!」
「何が…そのままの意味ですよ。まあ初対面の方々がわたくしめの言葉の意味を一度で解して下さった事等ありませんが、」
犬は彼の叫び声に楽しげに答える

彼女を庇うように立つと、更に球体を生み出す
本当の殺意すら伺うような、『正』にあるまじき姿だった

「相原さん!!!!!!!!!何があっても動くなよ!!!!!!!!!」

「…ッ!!!」

こくこく、と声が出ないままに頷いた
彼の邪魔にならないように、しかし――それ以前にそれこそ固まってしまったかのように、立ち止まって彼の背中を見ていた


蛍火が再び球体を飛ばして来たので、再びナイフを投擲する
衝突し消滅させる
――そう思ったが、相殺したはずの球体が飛んで来た

「!?」

とっさに左腕でガードするが――そこが焼け焦げた
――最初にナイフをぶつけた光の球はフェイクと言わんばかりに、追尾弾も同時に投擲されたのだ
「――、…」
袖ごと左腕が焼け、そこにかくれているナイフがばらばらと地面に落ちる
カシャンカランと落ちる物の中には、スプーンやフォークも混ざっていた

「…食事はしっかりした身だしなみで……わたくしめのポリシーをよくぶち壊してくれましたね」

睨み上げるように乾いたように笑いながら、



「な、に、が!!!!!!!!!食事だっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

――人殺しが食事だっつうんなら、カルシウムと野菜でも食って出直してこい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

なんだかよくわからないことを言っているが、球体を再び生み出すと投擲する


落ちたナイフを拾って球体に投げ付け、相殺させる
そのまま殴り掛かろうと向かって来た彼の姿を認めれば――右腕の袖から何かを取り出して地面に叩き付けた
――煙玉




「――申し遅れました。わたくしめはドーベルマンと申します」

煙が発声し、蛍火の背中を見失うあまも
その彼女の――目の前に、ドーベルマンは現れた

震えすくむ相手にゆっくり手を伸ばし、逃げるにも足が固まってしまい動かない彼女の両肩を掴んで、


「さて、挨拶も済んだ所で――

――頂きます」

ガブリ、と、
首に噛み付いた

否――、


"食いちぎった"




煙で撹乱され、周囲を慌てて見渡していた蛍火は、その光景に瞳を見開いた

「、」

言葉を失う

同時に、邪炎の如く駆け出していた
黒い黒い黒い憎悪が彼から溢れだした。何もかも殺すような勢いの

「ふ、あ、ぁ――あああぁあああぁぁあっ!!!」
「……、」
痛みに叫び首をおさえる彼女を、口元に血を滴らせながら見下ろす
血と肉のそれを味わってから――、小首を傾げて彼女に問い掛けた
「――貴女、……ですか?」

は、と涙を生理的に零しながら、震えながら見上げる彼女

しかし答えを待つまでもなく、興が削がれたように彼女を噴水に突き落とした


「……やはりデザートは貴方にします」

振り返りざま、球体を掴み、自分にそれに押し付けるように振りかぶった蛍火の攻撃を身を避けて躱した

――躱された後、噴水に投げ捨てられた彼女に向かって駆け出した彼に、不思議そうにまばたきした後、無言でナプキンを取り出し顔についた血を拭いていた




ばしゃばしゃ水を掻き分けて、座り込んで彼女を抱き起こして

「相原、さん」

失意の中のように、彼は
何もない彼は、初めて絶望の表情を浮かべていた



「ほ、蛍火さ…」
濡れ鼠になりながらも、痛みに耐える表情を浮かべ、首をおさえ起き上がりながら
「私は大丈夫です……、あの人を、とめて…ください……止血くらい、できますから……」
痛みに打ち拉がれる表情をしていながらも、そうお願いする
自分が蛍火に出来る精一杯を考えた結果だった





ぎゅ、と彼女を軽く抱き締める

「分かった。無理はするな」

ゆっくりと腕を離すと、彼を見据える
――終わったか、と言いたげにゆるりと袖から武器を出そうとするが――、彼の様子が一変したことに気付く

球体を一気に出現させた
数十、いや百ほどだろうか――多くの球体を、彼に向けて発射する

――瞳は、瞳孔が開いていた

「――、」
ナイフを両手に持ち迫り来る光を斬りつける
追い付けず身体にどんどん球体が当たって行く
「――、チッ!!」
舌打ちをして、球体の中をダメージ覚悟で駆けて、ナイフを振りかぶる


そのまま斬りつけられても――彼は、何も抵抗しなかった
鮮血が舞う。彼はただ目の前のドーベルを睨み付けていた

「お、」

ひゅ、ひゅう、風の音のように球体が生み出される
球体、球体、球体、球体、が――

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

叫ぶと、一斉射出した
それこそ、彼の全身を焼くような勢いで


「ク、 、――、――!!――」

彼の血が舞う中、手を伸ばす
食わせろという意思が露になっている、貪欲な手を

だが彼に触れる事すら出来ないまま――熱の球体に阻まれ埋もれ、球体が無くなった頃には、伸ばした手が届く事のないまま、意識を失い倒れた



「……相原さん!!!!!」

自身の服をあてがい、かろうじて血止めをしていたあまもは、慌てて戻って来るほたるを見て安堵したように脱力する
「……蛍火さん、ありがとう…… …ございます」

ぽつり、消え入りそうな声で


その後、ふっと意識を失った彼女を抱き上げた

「まずは連絡……」

ぶつぶつ呟いていたが、彼女の無事を確認し、焦りながらも、いつもとは違った安堵の笑みを浮かべていた




ドーベルマン、相原あまも by jin.
蛍火ほたる by kimi.
37. 蛍火ほたるvsドーベルマン(20160131)
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