――警察署内
電気がついていないその部屋は、ほのかに明るい
モニターの灯りが室内を十分に照らしている、――

「片桐君、よく来てくれた」

そこで人語を発生しているそれは、丸い『目玉』だった
片桐奈々女捜査官。彼女に対して会話を投げ掛けるのは、可動式の太いワイヤーの先にある目玉

彼は、知能が発達しすぎたばかりに、『体を要らない』と認識した
脳を液体の入ったカプセルに閉じ込めると、その電気信号や思考を、電子の世界にそっくり移してしまった

――人間では無かった
彼は――アザナだった

「急な命令で悪いね、他のものは粗方出向いていて、そう……君しかいなくてね
――かといって、最初から君に頼むつもりでもあったのだよ」

コミカルに、瞼を落とすなどして会話を行う
このワイヤーの奥に、脳のカプセルが存在する。布で覆われていた

「察しの通り、今日起きた事件についてだ――急な事だから、茶菓子を用意する暇も無かったよ、すまない」


「――お久しぶりです、南部来警視」


片眉を潜めながら其れ――否、彼——南部来富岳(なぶらい ふがく)警視を見下ろす
何度か言葉を交わし、面識は有る。それに彼女もアザナであり、そういった意味では彼と同類。
だがしかし、片桐は――彼の事を同じ人間とは、未だ思えていない

無論、上司としては信頼、――している方だろう
彼の言う事に悪や愚かは存在しないし、彼女も警察業務に対しては真摯的、且つ忠実であるから

「――お構いなく。テロ組織逮捕への派遣ですね」
屈託無くはっきりとした声色で返事を返す


「そう、――そうだ、そうこなくちゃいけない
片桐君は『そう在るべきだ』――」

ひどく曖昧な物言いで彼女を誉める
彼は――彼女のそういった、何かに対して進んでいく姿勢は嫌いではない


僅かに首を傾げていたが
その後いつも通り、いやどこか常よりも鋭い眼で相手を見る
「…何故初めから私に頼むつもりだったのでしょうか」
ぼそりと、聞かずとも良い事ではあるが、と言わんばかりに小さく問い掛けた


ぱちくり、瞬きを行う

「私が君を信頼しているのは――ことアザナに関しては『正』の皆は優秀なのだが、
君は『正』の皆よりも、気持ちに流されず、慎重にものごとを進めてくれるからだ」

彼等は感情にものを動かされやすい
片桐奈々女は、至って冷静、真摯である
感情が現れる時もあるであろうが――常に張り付けたその表情こそ、彼が気に入るものであった

「うむ、実に助かっているんだ……ホントに」

薄い鉄製の瞼を被せて
瞳を閉じ、「やれやれ」とでも言わんばかりの表情を見せた

——それに対しては自分から問い掛けていながらも、「助かっている」という彼の言葉にも素っ気なく目を伏せて応えていた
本当は深追いする程気になる事でもない疑問であり、彼が自分を評価している事だけ分かっていれば充分だったから


「ともかくとして、――片桐君には、反アザナグループ『新約説』への調査を行って貰いたい
現在、『新約説』の戦闘グループ……『GOD』とは交戦中らしいが、この隙に『新約説』の逮捕、及び解体を狙おう」

こうなった以上、止めなければならない――と

「私も――彼等が元々サイトを運営していたという理由だけで、このサイバー犯罪科に話が回ってきた所を見ると、
お偉いさん達も使えないのを見受ける。とんでもない話だ」

ふう、と

「奴等の根城や、武器の輸入経路は案外直ぐに分かってね――あれらの中に素人が居たらしく、色んな履歴が残ってたよ
ヘンゼルグレーテルよろしく、パンをばらまいた後は私達がしっかり追跡した」

すべての身元は調査を終えている
後は君次第だ――と

「――了解。確かに、『新約説』のリーダーが現在『GOD』の隊長として動いている今が、『新約説』を逮捕するに当って最も好機でしょうね」

彼の話を一字一句聞き漏らさず聞き入ると、一貫した厳しい表情で頷いて
「では、行きます」
やる事が分かった彼女は、さっさと踵を返す


「ああ、そうだ、――その前に」

彼が、彼女に問いかける

「君に聞きたいことがあってね

君もアザナだが――アザナは、本当に悪だと思うか?
人の身に余る力を持ち、力無き人間を時に踏みにじる

――今回護るべきは、アザナではなく一般人だと思うか?」


カツ、と怒ったような靴音と共に足を止める

「―――愚問だと分かっていて仰っていますか?」
振り向かず、横目で彼を自分越しに睨みながら

「"アザナは悪ではありません。"」
「そして護るべきなのは、"悪に命の危機を脅かされている全ての人々"――です」

"理由は言うまでもない"と言いたげな、ハッキリとした主張だった


そうして彼女は、彼女として 人々を護るために部屋から出て行った




「――そう、それでこそ、片桐奈々女だ。だからこそ私は君を評価する」

彼女が居なくなったあと、彼はぼそりと、つぶやいた

「……今度は、茶菓子を用意しないとな……」



南部来富岳 by kimi.
28. 南部来富岳&片桐奈々女 了(20160120)
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